

いいすぎてる実際 道端に咲く花とか木が
全部伝えてる気がするんだ
俺にわかること 少しばかりだが
常にある そこに なくなることなく
周り回る ループ そこに刺激を1滴
まるでネジのようなもの 最高にいい気分
サイクルとはよくいったものだ
生まれ朽ちることも 全てそこだ
俺が寝静まり 言葉が詰まり
全てが集まり なにかになった
花とか木もそれと同じ
美しさも固有発生的
もっと汚いものがあったっていい
俺は一生ずっと かっけえ でいい
選択を迫られ決断することに
使う体力ばっか気にした
今はずっと甘えてるようで
焦りと汗と不安を行き来した
自分を舐めてるようじゃだめだ
と思いながらスクロール1時間
俺も花とか木のように
生きることに全てをかけたい
止まってる様 俺はいつも知らん義理
止まってる様 ずっと続いてるのに
止まってる様 いつも無いものねだり
止まってる様 花は咲いてるのに
止まってる夜 俺はいつも知らんぷり
止まってる夜 朝はやってこない
止まってる夜 いつも誰かのように
止まってる夜 かっこつけたいのに
朽ちながら歌っている俺は
消えかけてるようで不満ばかり
死に場所を選ぶ時は 最高の気分で笑えたらいい
今は刺激、生活、安定を求め
未来、ステップ かっこいい音で
目の前にうつるものばかり探している
間違ってるとも思わないが
もっと我慢したら確実にな
- 作詞者
Artical
- 作曲者
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- グラフィックデザイン
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- ボーカル
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- ラップ
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本作は、音楽作品であると同時に観察のアーカイブである。
人間が無意識に共有している感覚や価値観、
あるいは「常識」と呼ばれる認識の枠組みを対象とし、
ラップ、詩、フィールドレコーディング的な視点、
即興的な発話を用いて再検証する。
制作において重要視されたのは表現ではなく知覚であり、
語ることよりも、気づくことに重きが置かれている。
収録された楽曲群は完成された物語ではなく、
鑑賞者の内部で更新されるための断片である。
『remind of common sense』は、
失われた常識への回帰ではなく、
それぞれの身体に宿る感覚の再発見を目的としたプロジェクトである。
アーティスト情報
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アーティスト・ステートメント 上野 豊|Yutaka Ueno 私は吃音症を原体験として、言葉や音、そして身体との関係を起点に、絵画・ラップ・プログラミング・映像を用いた表現を行っています。言葉は、伝えるための手段というより、私の中でとどまったり躓いたりしながら、浮かび上がってしまう“現象”です。私の作品は、そうした言葉や音が出てくる瞬間、身体の動き、あるいは手の痕跡や土の質感といった素材そのものが立ち上がる出来事を、そのまま残そうとする試みです。 制作では、「土」「言葉」「もの」「現象」といった根源的なテーマを軸に、即興的な表現を重視しています。ラップのフローや絵画のストローク、映像内の動きはすべて、意味を運ぶ記号ではなく、現れることそのものを大切にしています。そこには明確なメッセージや意図はありません。ただ、私自身の身体や思考を通って現れるものたちを、加工せず、ただ現象として記録していく。そういった態度で作品と向き合っています。 表現の形式は流動的で、1つのジャンルにとどまることはありません。言葉が映像になり、音になり、動きへと変化していくように、表現自体が絶えず変容し続ける“現象”であることを目指しています。これは吃音から始まった、私にとっての「不自由な言葉」が、表現として自由に形を変えていく旅でもあります。 ⸻ 活動歴(抜粋) • 2023年 地元・長崎の喫茶店にて絵画展示を開催 • 2025年1月 長岡造形大学新棟にて、ラップとプログラミング映像を用いた即興パフォーマンスを発表