しがらみと枠のジャケット写真

歌詞

しがらみと枠

太一

日本に生きてる

代名詞持ってる

社員、一年生、男、女、部員、何歳、先輩、後輩

日本には伝統がある

日本には型がある

良かったり、悪かったり

あいまいなものを枠にはめこむ

ジェンダー、躁、鬱、統合失調症、、、

なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

なぜ?なぜ?なぜ?なぜ!?

僕はそのあいまいの中で

いい意味で真ん中に立ってる

渡り橋は、ムーンウォークで渡れるくらい安定してる

優しい人が、私の気持ち、不調なんて、

あなたに分かってもらえるわけないって怒鳴る

その気持ち、涙が出るほど分かる

助けようとする人も心がすれる、、、その姿親に見てきた

中間で出来ること探してる

健康の対義語は日本にない

この日本に生きている

相手と私、そこにしがらみがある、枠にはめて、間を作っている

やめられんかなぁ

おれは自ら告白し、しがらみをまた、つくっている

人生の闘いは、一生続く

闘う、、

闘う、、

闘う、、

闘う、、

闘う

  • 作詞者

    太一

  • 作曲者

    太一

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    しがらみと枠

    太一

生きる中で感じていくしがらみと枠戦う

アーティスト情報

  • 太一

    太一 1992年11月28日 愛媛県松山市生まれ 音楽との出会いは早かった。小学生にして音楽集会を演出し歌っていた。6年生で松山少年少女合唱団と出会い、合唱から本格的に音楽の道を楽しんでいた。楽しみは高校3年生まで裏声で歌い続け、止まらず続き、約10歳差もあるチビの弟分妹分とアンバランスのノッポの太一は、太一兄ちゃんと親しまれる、みんなの太一、その人柄が出来上がっていた。声楽も学び、若いうちにポップスなどとほぼ全くと言うほど関わらない、しかし音楽を楽しむ感性が育まれた。 高校入学後やりたいことに迷っていたが、友達の勧めで劇団を見学、すぐ入団、演劇人生が始まる。17歳にして500人以上のキャパシティの劇場でミュージカルそして難解なシェイクスピアのストレートプレイで主役を任され評価された。音楽から離れ、俳優を志し日本大学芸術学部演劇学科演技コースへ進学。学内外で、俳優、演出助手、舞台監督経験を積み、最終的に日芸の、そして演劇学科の未来を想い、多学科コラボのミュージカル団体を立ち上げた。 映画まで決まっていた大学卒業1ヶ月後、人生のターニングポイントがくる。 突如脳の不思議。行動がおかしく、各所様々な大人に助けられて緊急入院。原因不明の「統合失調症」と地元に帰り診断される。退院後も壮絶な9年間の闘病生活、地獄の日々、、挑戦を続けた。セカンドオピニオンで調合した薬がピッタリ合い、奇跡が起こりほぼ完全に病気打ち勝った。 そう、9年間現状がどうしようもなく足踏みしていた時に出会ったのが、また音楽。アコースティックギターとポピュラー音楽教室だったのだ。 体調の不安がありながらも近所で通えて1年、ちょっと曲作ってみようかなと思い立ち簡単になんか出来たなぁと思った最初の曲 、それが配信曲「白猫が目の前を横切ったら」 音楽教室をびっくりさせる色んな要素が入った曲、認められ自信がつきまたどんどん曲が出来て、シンガーソングライター、、、?という言葉が。 一瞬で消えない残る芸術、小学生から始まった優しい音楽の世界で、自分の曲で生きていくこと、それが本当の夢になり、苦しくても必ずシンガーソングライターになるって強い意志が、闘病生活を支えた。 どこから生まれてくるのかというアイディアの曲、もしくは苦しんだからこそ書けるストレートな曲、人柄があふれた個性的な曲を書く。 病気をカミングアウトをし、苦しんでいる人の心に寄り添えるように一度死にかけた人生、神様が生かしてくれてやはり音楽を届けることを使命にしろってことかな?歌い続ける。 シンガーソングライターとして、自分がやりたいことをやる、自分が楽しめて人も幸せにする。フォークにポップにロックにカッコよくギターで弾き語る。歌い踊る。 色んな経験からでてくる太一という面白い【アーティスト果実】を色んな切り口で、丸ごと楽しんでもらいたい

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