Eye Cloudのジャケット写真

歌詞

Eye Cloud

むんなか

匿名で弾き出された歯車の破片に

スポットを浴びせる

「情報が正義」と名乗る群れに

「不良品」と油性ペンで描き殴られ

終わりなき虚しき輪舞曲

責任を誰に食わす?

一体なぜ?振りかざされるエセの剣の先に

皆羨望を注ぐ

曇った目 量産化 虚栄心の鎧を纏い

ダミーの餌に向かう

「承認」の配布を求めて不法侵入

常識の壁を破壊する 妨害電波で

狂人度、ナイフ整えて愚行心中

良識とガセも混ざりゆく

焼き付いたデジタル神経に

同じ味繰り返す煩悩

迷信の果てに腐る

未来まで売り払われる名声の古着を探し

皆炎上を求む

潤った贅 遭難者 固定心情

おとぎの的に詐欺のネタに唸る

光増すほどその影は深まるばかり

人工の蜃気楼に誘われ

時代まで朽ち剥がされるエセの剣の先に

今堅牢を起こす

曇った目 共犯者 虚栄心の呪いを過去に

未来目指し抜けろ

眼曇り拭え

  • 作詞者

    むんなか

  • 作曲者

    むんなか

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Eye Cloud

近年YouTubeやSNSにより、情報面で便利になった反面、各個人の「承認欲求」が加速したように思います。

注目を集める為に手段を選ばぬ者、また匿名による誹謗中傷によって傷つく人も増えました。

ネット内の自分と現実社会の自分に温度差ができてしまい、「いいね」が少なければまるで存在価値が無いかのように思い込んでしまう人もいるようです。

しかし真に大切なモノは日常にある身近な事です。
例えば料理の写真をいくら眺めても、お腹一杯にはなりません。
これと同じでネットツールは確かに便利だけど、そこに依存してしまっては人生の味を見失いかねない事を伝えるべく書いた曲です。


Love Song

26歳の頃東京のバンド時代に書いた曲です。

ある有名な作家が「恋は相手を独占したい欲求であり、愛は相手に尽くしたいという慈悲を示します。ゆえに親子恋、兄弟恋とは言わないのです。」と言っていました。

当時仲の良かった女性に恋しました。
しかしその彼女には恋人がいたのです。

皆といる時に友達としてふざけあったり悩みを聞いたりもしましたが、自分の気持ちは伝えられないまま。

わずかでも何か喜ぶ事をしてあげたい。
その気持ちは恋と愛が入り混じる複雑な感情でしたが、尽くしたいという慈しみの方が強かったのです。

その気持ちを歌にしました。

恋心はさておき、自分の我を通すだけではなく、相手や相手の周囲の人間を思う慈しみがあればこそ私達の生活は穏やかになるのかもしれません。

アーティスト情報

  • むんなか

    本名三井法泰 福井県南条郡 七福神のお寺 妙泰寺 僧侶 日々お寺での生活で、多くの人の死や、亡き人を思う法事、祈祷など多くの悲しみや悩みに携わり、ご相談やお説法などを行う中、 もっと自分に何かできる事はないかと模索していた際、宮沢賢治氏の「雨ニモマケズ」に着目。 仏教の心を美しい詩でわかりやすく表現されている行いに心を打たれ、その生き様が僧侶になる前に行っていた自身の音楽活動に繋がる。 また歴史を振り返れば、人の心に寄り添う為に生まれたはずの思想や宗教も、考え方、感じ方の違いで押し付けや争いに発展する事に日々矛盾を感じていた。 「宗教」はあらゆる文化圏に存在するが、「音楽」もまた世界のどんな文化にも根付いている。 宗教同士の争いとは違い、音楽ジャンルの好き嫌いはあれど、「音楽」自体を嫌う人に出会ったことがない事実に大きな希望を抱く。 難しい表現や言葉だけでは伝わらない思いや感情も「音」や「曲」に乗せる事で、あらゆる差別を超えて伝わると信じてやまない。 言葉や国境、あらゆる人種の違いを超える音楽の力は私達に大きな輪をもたらし、その輪こそが平和の「和」に繋がると確信。 目下お寺での法務をしながら福井県全域にて活動中。 レコーディング仲間のいっけは小学校からの友人であり、 かつて東京で本格的に活動していた頃の初期のメンバー。 バンド時代の曲をアコギ一本で歌い、16年ぶりにオープンマイクや弾き語りライブをしていた所、あるラジオのパーソナリティーにラジオのエンディングテーマで使いたいのでバンドとしての音源を作って欲しいと依頼される。 そこで旧友のいっけに声をかけ、アコースティックを活かしたロックの音源の作成を始めて今に至る。 ライブではアコギ一本でどこまで表現できるかを目標としている。

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TRUNK BOX RECORDS

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