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the pharaonic circus

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Track List

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全編エジプト・ロケ敢行! 最近まで撮影禁止だったという王家の谷ツタンカーメンの墓・セティ1世の墓。そして無人のアブシンベル神殿内からギザの3大ピラミッドまで、エジプト縦断800kmの旅!!

今作のテーマはジョヴァンニ・ベルツォーニ(1778~1823。55歳)。アブシンベル神殿、そして王家の谷でラムセス2世の父・セティ1世の墓を発掘。そればかりでなくカフラー王のピラミッドまで侵入したイタリアの盗賊です。

イタリアのパドヴァ生まれ、身長2mを超す巨漢で怪力自慢としてロンドンの見世物小屋に立っていたが、英国領事館に雇われエジプトへ。多くの財宝を運び出し、現在の大英博物館エジプト・コレクションの基礎を作る。略奪とも呼べる少々乱暴なこの行為は、後にフランス人オーギュスト・マリエットに阻止されるまで続く。
ローマで水力学を学びエジプトに渡ったのは自作の揚水機を当時のエジプト支配者ムハンマド・アリに売り込むためだったが、これは失敗。その後、エジプトの遺物をイギリスに運ぶことを画策、当時の英国総領事ヘンリー・ソールトと知り合い、ソールトの求めるまま遺物を乱獲。当時はまだ発掘と宝探しが同義だった。王家の谷でKV16・KV17などの発見もベルツォーニによるもの。
雇い主ヘンリー・ソールトとは1819年ベルツォーニが勝手にエジプト遺物の発見記録を出版した時に関係が切れている。

1815年に英国支配下のエジプトに到着、ヘンリー・ソールトは墓泥棒ベルツォーニを雇うことに躊躇なく、ベルツォーニは諸々運び出す。途中、ベルツォーニはフランス領事との縄張り争いに巻き込まれるが、地元住民と仲良くなり、王家の墓に精通。
1816年第18王朝ファラオのアイの墓、
1817年にアブシンベルの出入り口を発見。同年10月セティ1世の墓を発掘。
1818年3/2、カフラー王のピラミッド玄室に入るも空で腹いせに”ベルツォーニ”と落書き、今もその落書きが残っている。

謎の多い人物だったんでしょうか、ネットで調べた限りでは、エジプトでの盗掘時代の後の人生やどんな死に方だったかなど分からないようで、詳しい方いましたら教えて下さい。

ロケ地1 アブシンベル神殿
通常のアブシンベル観光ツアーは、アスワンを朝3時か4時に出発しバスで約4時間かけて午前中にアブシンベル観光、その後アスワンに戻りがてら途中の遺跡に寄って観光、夕方にアスワン到着しツアー終了という流れらしいです。
が私は個人旅行だったので、朝9時過ぎにアスワンからタクシーでアブシンベルへ(3.5h55ドル、ボラれているとしても安い!)。昼過ぎにアブシンベルのゲストハウス(最悪のゲストハウスでした,,,)に到着し、14時くらいにアブシンベル神殿に入場。上記のようにツアー客はもう帰った後なので無人のアブシンベル神殿を満喫でき、今作のロケ撮影も出来ました。

ロケ地2 ルクソール (王家の谷 セティ1世の墓、ツタンカーメンの墓。気球)
王家の谷のハイライトはツタンカーメンの墓ということになりますが、セティ1世の墓もスゴい!さすが入場料とは別料金だけあります。黄金のマスクなどほぼ未盗掘で発見されたツタンカーメンの墓は、その埋葬品の価値は国が買えるほどですが、墓そのものの規模は小じんまりとしているんですね。
一方、セティ1世。王家の谷で最長の墓で、延々と地下に降りて行くこと88m。壁画の装飾も美しく、さすがラムセス2世の父ですね。曲中では0:58〜1:15あたりの映像がそうです。

何年か前は大体の都市で、写真・ビデオはチケットとは別料金orNG(スマホ撮影はOK)で、王家の谷セティ1世の墓やツタンカーメンの墓などは撮影NGだったそうです。今は解禁され、どこも自由で良くも悪くもアフリカらしく取り放題。お陰様で素晴らしいロケ・旅となりました。


ロケ地3 ギザの3大ピラミッド
旅程としてはカイロ/ギザ〜ルクソール〜アスワン〜アブシンベル〜の順でしたが、歌詞はベルツォーニが発掘していった順(多分アブシンベル〜王家の谷〜ギザの順)としました。
ベルツォーニが侵入したカフラー王のピラミッド内は、私が行った時期は入場できず、ピラミッド内の映像はクフ王とメンカウラー王のものです。
地球の歩き方の地図を見た感じでは、カイロ〜ギザは近いかと思っていたら台場〜横浜くらいありますかね。かなり遠かったです。カイロ/ギザは3泊4日しましたが、ピラミッド隣のホテルにしました。夜のピラミッド音と光のショーを毎晩ホテルのルーフトップから見えて最高でしたが、カイロ観光に重きを置くならギザは1泊、あとはカイロ宿泊でもありですね。


歌詞
ベルツォーニはアブシンベル神殿を発掘した後、テーベへ。町でブラブラお土産を物色しているとアヤしい露天商からセティ1世の墓の情報を耳にし、王家の谷へ。まんまと盗掘成功し、今度は意気揚々とギザのカフラー王ピラミッドへ侵入(既に盗掘された後だった)。この世はドタバタ劇、次の冒険へ我々の旅は続く,,,といった内容です。

曲中の歌詞、パバナはベルツォーニの出身地パドヴァの踊り。ベルツォーニも発掘後、思わず踊ったのでしょうか。
ルクソール駅から少し歩くとお土産屋のアーケードがあり水煙草を吸っていたり観光客にタカったり、活気と雰囲気のある通りが然も阿片窟のようで歌詞にも反映させました。

まだ世界は神秘と未知の冒険に満ちた時代だった18~19世紀にタイムスリップだ!

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