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廊下ですれ違った時、彼女は長袖の制服を引っ張った。七月の蒸し暑さの中、皆が半袖に切り替える季節。三浦ミキは今日も長袖だった。

「暑くないの?」と聞いたクラスメイトに、「冷房が効きすぎるから」と微笑んで答える。完璧な笑顔。完璧な嘘。

教室の窓から差し込む光が、彼女の机を照らしていた。ノートの端に無意識に描いた線。一本、また一本。平行線。まるで腕の内側に刻まれたものの反映のように。

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放課後、美術室。ミキは一人で残っていた。絵の具の瓶を並べ、赤を選ぶ。キャンバスに向かうが、筆は動かない。代わりに、左手の袖をゆっくりとめくる。

白い肌に刻まれた線。古いものは薄く、新しいものは鮮やかな赤。彼女だけの芸術作品。他の誰も理解できない、彼女だけの言語で書かれたポエム。

「見せびらかしてんの?気持ち悪い」

振り返ると、美術部の田中が立っていた。いつの間に入ってきたのか。ミキは慌てて袖を下ろした。

「違う…これは…」

言葉につまる。何を説明できるというのだろう。これは芸術だ、と言えば笑われる。助けを求めている、と言えば偽善的な心配をされる。どちらも望んでいない。

「勝手にしなよ」と田中は言って、忘れ物を取りに来ただけらしく、すぐに出て行った。

その夜、ミキはスマホを開いた。SNSには笑顔の自撮りをアップする。「今日も充実♪」というキャプションをつけて。いいねがつく。コメントがつく。誰も本当のミキを見ていない。

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次の日、ミキは決意した。

美術の授業。自画像の制作。多くの生徒が顔を描く中、ミキはキャンバスに腕だけを描いた。赤い線が何本も走る白い腕。緻密に、正確に。現実そのままに。

「三浦さん、これは…」と美術教師は言いかけて言葉を失った。

クラスメイトたちの視線が集まる。ざわめきが広がる。

「よく見ておけよ」とミキは言った。声は震えていたが、瞳は強い光を放っていた。「これが本当の私。見たくないなら、最初から見るな」

教室は静まり返った。誰も何も言えない。ミキは自分の左腕の袖をゆっくりとめくり上げた。

キャンバスと同じ模様が、そこにはあった。

「助けなんていらない。同情もいらない。ただ…見てほしかっただけ」

ミキの声は小さかったが、教室中に響いた。

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放課後、美術室に再び来た田中は、ミキが残していったキャンバスを見つめていた。

「見せびらかしてんじゃない」と彼は小さく呟いた。そして自分の袖を少しだけめくった。そこには、ミキと同じような線が走っていた。

彼は静かにキャンバスに向き合い、自分の腕を描き始めた。

「よく見ておけよ」と、誰もいない教室に向かって呟いた。

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  • AddictEsc.

    ここは私の物語。私の世界。私だけが好きにできる場所。 私の紡ぐ文章が無限に広がって、あなたの頭を蝕む。 私の言葉が、私の文章が、あなたの世界を少しずつ侵していって。 物語は無限大で、物語は切なくて、ぎゅっと抱いてくる。 時には愛撫するように優しく、時には乱暴してくる。 それもまた愛おしいのだ。 それが、国語。 あなたはなんの言語を話すの? いずれにせよ、あなたの物語を知りたい。 あなたの国語は、どれだけ大切なの? 私は、待っているから。

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