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Stag Beatの2nd『Hibernation』は10年ぶりのフルアルバムである。Stag BeatはラッパーのDOPE MENとビートメイカーのmolphobiaによる2人組のヒップホップユニット。かつて渋谷に存在したアート系シェアハウス「渋家」で2012年に結成した。
この10年のあいだ、Stag Beatとして都内でのライブは継続しながらも、DOPE MEN(中島晴矢)は現代アーティストや文筆家として展覧会や書籍の出版を、molphobiaはビートメイカーとしてソロアルバムを何枚もリリースしてきた。そのため、2人でタッグを組む仕事は前作の1stアルバム『From Insect Cage』に加え、2018年にリリースしたシングル「Scrap, Run & Build」ぶりとなる。結果として、全11曲からなる渾身のフルアルバムが仕上がった。今回立ち上げられた自主レーベル「KUNUGI RECORDS」からドロップされる。
アルバムタイトルの『Hibernation』は、日本語にすれば「冬眠」や「越冬」を意味する。そもそもユニット名からクワガタムシ(Stag beetle)と掛けているように、雑木林に潜む夜行性の昆虫をメタファーに用いてきたStag Beat。前作「From Insect Cage」が「虫カゴから」飛び立つことを示唆していたのだとしたら、今作は、森の中で10年間「冬ごもり」しながら制作を続けてきた2人が、ようやく納得できる新作を携えて初夏の夜空に飛び立つさまをイメージしている。表題曲「Hibernation」のトラックやリリックもそうしたモチーフで作り上げられた。
冒頭からアルバムのコンセプトを宣言する「statement」に始まり、ダーティなトラックの上で昨今の社会状況に批評的な介入を試みる「CARNIVAL」、アルコール依存症に陥り断酒することになる顛末をトラップビートに乗せてラップする「Non-Alcohol」、自分たちのスタンスを最後に改めて明示する「Attitude」など、molphobiaのトラックにDOPE MENのラップという形式がアルバムの軸を貫いている。
さらに、アルバムを通して計4組のラッパーがfeaturingとして参加。3MCユニット「MGF」のメンバーであり、P-VINEに所属して楽曲をリリースしてきたSIGEMARU、都内のクラブシーンで精力的に活動する2人組・山口兄弟、沖縄を拠点に美術や舞踏とラップの越境を実践するINATA、そして「8th wonder」のラッパー/ビートメイカーとしてキャリアをスタートし、現在はヒップホップ・コレクティヴ「口頭遊民ダコタ」を主宰する傍ら、批評家として『ラップは何を映しているのか』『アンビバレント・ヒップホップ』などを刊行してきたMA$A$HI(吉田雅史)という、アクの強い魅力的なアーティストたちが集結した。各ラッパーの持ち味がふんだんに活かされた楽曲群は、本作の大きな聴きどころになっている。また、終盤のセンチメンタルで浮遊感ただようトラックが印象的な「Backyard」では、アルバムで唯一molphobiaがラップで参加。DOPE MENとmolphobiaがそれぞれの地元への郷愁を歌い、Stag Beatの根底に流れるスタイルや音楽性を象徴する一曲となった。
アルバム全曲のミックスとマスタリングを引き受けたのは、Maltine Recordsに所属する気鋭のミュージシャン/DJである芳川ヨシノ。ジャケットのアートワークは写真家の石田祐規、「Stag Beat」「Hibernation」のロゴ・レタリングはアーティストのDEMI、ミュージックビデオのディレクターは映像作家の大口遼が担った。アーティスト写真を撮影したのは昭和40年会を率いる現代美術家で写真家の松蔭浩之だ。クリエイティブのメンバーに共通する文脈として「渋家」での交流が挙げられる。ちなみに「statement」のミュージックビデオのロケ地となっているのも、過去に「渋家」が立地していた池尻大橋から渋谷、恵比寿にかけてのエリアだ。
このような経緯と布陣で臨む本作は、Stag Beatによる全身全霊のフルアルバムになっている。この10年間の集大成に、ぜひ少しでも耳を傾けてほしい。