Kachofuugetsu To Kimi Front Cover

Lyric

Kachofuugetsu To Kimi

Tom Yam Kung

そっと目を閉じて浮かぶ

変わりゆく映る月の影

ぼーっと何もしないままで

ぼやけている君の面影

もしもどこか連れて行って

朝まで語り合えたら

悲しい声 響く 慰めのように

正解などなけりゃ どこに向かうのか

めぐる季節のように君は歌う

手を重ねて愛を確かめ合った

きっと風の中にある答えを探す

空虚な心の中

1人 不条理 ぶつかり合うの

悲しさすべて受け入れたのに

何もかも捨てた

君こそがすべて

喜びの声が聞こえてくるだろう

見えない月の影の何かが足りない

今夜は1人であの場所へ行こう

積み重ねた愛が底にあるから

こだましている花の囁き 聞こえる

愛を伝える鳥のさえずりが聞こえる

君も僕も同じように言えるのか

僕と君の世界が夜風に吹かれた

月の光で君を見たいように見たい

そこにあるのは美しい犠牲と愛

  • Lyricist

    Tom Yam Kung

  • Composer

    Tom Yam Kung

Kachofuugetsu To Kimi Front Cover

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    Kachofuugetsu To Kimi

    Tom Yam Kung

Artist Profile

  • Tom Yam Kung

    Tom Yam Kung は、音楽を「世界を確かめるための実験」に近いものとして扱う一人ロックバンドである。 私にとってロックとは、華やかな装飾でも、逃避のツールでもなく、自分が何者であるのかを一度破壊し、もう一度組み直す行為だ。 日常はしばしば、誰かの正義や常識に覆われ、内側の声がかき消されていく。 『イエスマン』のように社会のケージを叩きながら、あるいは『Logical Realistic Tour』のように他者の正論に魂が接収される感覚を抱きながら、人は“自分の思考と世界の構造が本当に噛み合っているか”を問い続けている。 私は、そこで鳴る軋みや不協和こそが、もっとも「生きている」と感じられる瞬間だと思っている。 『Feel』は、身体性を失った世界に対して「感じること」の奪還を求める曲だ。 『行末の一瞬』では、希望と諦念が入り混じるなか、なお未来へ跳び込む衝動を記録した。 『街』や『エスケープ』『Unnecessary』では、存在の重さや曖昧さ、逃避と回帰の循環を描き、 『I’m Only Standing』は、無意識に生の惰性へと流されていく人間への冷徹なまなざしを含んでいる。 これらの曲に共通するのは、”答えを出すためではなく、世界の手触りを取り戻すために鳴らしている”ということだ。 音楽はその格闘の記録であり、反抗であり、祈りだ。 世界はしばしば理不尽で、矛盾に満ち、私たちはそのただなかで迷子になる。 それでも、人は前へ進みたいと思う──たとえそれが一瞬の火花のような希望であっても。 Tom Yam Kung の音楽は、その一瞬のために存在している。 「強さ」や「正しさ」ではなく、“誠実に揺れることそのもの”が人間を照らすのだと信じているからだ。

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