逃避行のジャケット写真

歌詞

逃避行

ヨシダジン

離れ離れな夢の中へ

何処へ?

明日に背を向け何処へ?

何処へ?

顔を忘れて何処へ?

どうして胸の共鳴を求めて

哀れ

何処へ?

雨に追われて何処へ?

何処へ?

遠い風を追いかけ何処へ?

笑えない俺から目を背けて

哀れ

何処へ行っても同じはずなのに

何故に人間は悩み叫びもがき苦しむ

朝になったらまた明日来るのに

君を守る未来はまだ遠く見えない

離れ離れな夢の中へ

何処へ?

忙しい街を離れて

何処へ?

大嫌いなあの頃の海まで

遠くへ君が消えて綺麗ね

馬鹿め

何処へ行っても同じはずなのに

何故に人間は悩み叫びもがき苦しむ

朝になっても何も変わらないのに

君と生きる未来、遥か遠く見えない

離れ離れな夢の中へ

何処へ?

  • 作詞者

    ヨシダジン

  • 作曲者

    ヨシダジン

  • プロデューサー

    ヨシダジン

  • レコーディングエンジニア

    ヨシダジン

  • ミキシングエンジニア

    ヨシダジン

  • マスタリングエンジニア

    ヨシダジン

  • グラフィックデザイン

    ヨシダジン

  • ギター

    ヨシダジン

  • ベースギター

    ヨシダジン

  • ボーカル

    ヨシダジン

  • ソングライター

    ヨシダジン

  • その他の楽器

    ヨシダジン

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「逃げるは恥だが役に立つ」というテレビドラマが流行ったのは、もう10年近く前になるだろうか。

似た言葉に「逃げるが勝ち」という言葉もあるが、こうした考え方に対して、真に共感できるようなったのは、実は、ごく最近のことである。

特に、私が10代の頃は、とにかく「逃げるな」「諦めるな」「やり遂げろ」といった言葉や思想が、蔓延していたように感じる。

学校や習い事、部活動はもちろん、テレビドラマにおいても、「頑張っていれば、夢は必ず叶う」というムードが漂っており、それは、自身の周りの環境を構成していた。

私自身も、そのようなムードに流されつつも、極めて運の良いことに、実に素晴らしい成功体験を積んできた。

…我々は誰しも、幼少の頃に思い描いた「夢」を自覚することなく、諦めていく。もっと正確に言えば、社会や競争という現実に打ちのめされ、「夢」は、実現可能性を考慮した「ユメ」へとすり替えられ続ける。

それは、人間が、環境への適応を非常に得意とする生き物だからである。我々は、我々自身の手によって、社会が求める形に矯正されていく。

一方、社会に適応できずに、どこかで「ユメ」のすり替えに失敗した人間達は、異常者と見なされ、「社会や現実から逃げるな」といった罵声を浴びることになるだろう。(もっとも、ごく一部の「夢」を叶えた偉人達はその限りではないが)

…私は、「頑張っていれば、夢は必ず叶う」という意見を、真っ向から否定したいわけではない。ただこの意見は、おそらく、常に正しいわけではない。

私が言いたいのは、「夢を叶える唯一の方法とは、決して辞めないことである」ということだ。

「夢」に終わりなどないのである。

頑張る必要はない。
時には逃げてもいい。

特に、自分にとって、安全ではないと感じられる環境や場所からは、可能な限り早急に、逃げるべきである。

…よく考えてみると、「逃げる」という行為は、我々が思っているよりも、スピリチュアルで直感的な行為なのかもしれない。

それは、動物にとって「逃げる」という行動をする瞬間とは、天敵に狙われ、生死がかかっている瞬間であるからだろう。

…この文章は、主に自分自身に向けて書いている。なぜなら、私は元来、「逃げる」という行為を苦手としているからだ。

本能に従って、己の生存を脅かす存在から逃げ続けよう。逃げ回って生き残ろう。「夢」の中で生き延びよう。

それは、恥ずべきことではない。資産や地位、容姿等は問題ではない。勝ち組か負け組かなんてどうでも良い。生存だけが我々の勝利なのだ。逃亡こそが我々の希望なのだ。

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