CRAZY BOY

  1. CRAZY BOY

プロデューサーに呼煙魔を迎えた本作品【CRAZY BOY】はブラザーを鼓舞するファイトソングだ。

"クレイジーボーイが一般論語ってんじゃねぇよ"
皮肉の中に織り交ぜた本音とリスペクトで
誰かに成り下がろうとしているブラザーの背中を平手打ちするような一曲だ。

"耳を踊らせるフロー"金勝山の圧倒的な持ち味は本作品で更にキレ味を増し、本来の自分を取り戻し再起するブラザーの姿を称えている。

更に勢いは増し、本作品【CRAZY BOY】を皮切りに7月中にもう1曲のリリース、その後も3週に1曲、年内に10曲のリリースを予定している。

2020年5月、金勝山として初のEP【ZERO】がMAHBIEフルプロデュースの元リリースされ早2ヶ月、
この沈黙は我々がこれから目の当たりにする嵐の予兆だった。本作品【CRAZY BOY】により、水面下で企てられたプロジェクト始動の火蓋が切られる。

ヘッドホンのボリュームはいつもより大きめで、金勝山の心の声を聴いてほしい。

金勝山

「君が代、日の丸は侵略戦争の象徴」という思想の家に生まれ、平和の為に闘う家族の姿を見てきた。 言葉をビートに刻んでいく姿に魅了され2000年にラップを始めた。一般社会でのラップに限界を感じ、2005年に大学を中退し俗世間から離れた生活を始める。その時目の当たりにした経験の数々も、金勝山の思想の根幹となっている。 2009年に結婚し長女を授かった。2014年、授かった次女を心臓病で亡くし、今までの生活から足を洗った。次女の入院中、初めて長女と二人で家に泊まった。4歳だった。家族を一切顧みず転がり落ちた先が人生の底辺だった。家族に信頼される為、会社員になり毎日働いた。音楽活動は休止をした。 ある日家族に言われた。「ラップやりたいんでしょ?」ラップを始めた。2年以上HIPHOPを聴いていないかった。YOUNG CHILDに電話してすぐに会った。彼はその場でINGENIOUS DJ MAKINO に電話をして、金勝山のビートを作って欲しいと頼んでくれた。 そのビートを持ってNew Yorkに行った。リリックは書けなかった。休止期間に感じたことを1曲にまとめるには時間が必要だった。9ヶ月後、Single【Real McCoy】が完成した。 金勝山というアーティストに戻るのが怖かった。また失敗するのではないか、また家族を悲しませるのではないか。次女の死をきっかけに全身の血液が入れ替わった境地。等身大で自分を表現する為、アーティスト名を吉田健二に改名し2018年に Album 【Real McCoy】を発表した。 2019年、金勝山にアーティスト名を戻した。過去を清算し恐れが消えた。ここから先、自分が表現していくことは金勝山にやらせるべき。そう確信した。 2020年5月、ビートメーカーのMAHBIEが全曲プロデュースの EP 【ZERO】を発表した。 金勝山の最大の魅力はライブだ。生身の「魂」を観ることが出来る。観客が固定概念を打ち砕かれ感動の涙を流したり、シーンを長く見てきたクラバーや、第一線で活躍するラッパー、DJからも共感、称賛の声が上がっている。 一瞬でも元気になるような音楽を届けたい。top of the world ___【top of the world】秩序はあるが法律はない人種はあるが国境はない核兵器もない全員が愛に満ち溢れ高め合っている状態 全員、自分がこの世のナンバーワンだと思っている。そして自分以外のナンバーワンも尊敬し高まっている状態。___

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