

坂の途中の古い下宿屋に
初めてたどり着いた夜を今も覚えている
小雨に濡れた段ボールが沈黙を吸い込み
肩に食い込む荷物より
帰る場所を失った心のほうが重かった
玄関の灯りは頼りなく揺れ
「入居者募集」の紙だけが
まるで僕を待っていたかのように
ひっそりと息をしていた
震えていた足音も
この家は何も聞かずに受け入れてくれた
二号室の彼は俳優を志していて
鏡の前で台詞を繰り返す背中は
希望とあきらめの境目みたいに揺れていた
折れた台本の角が
言えない悔しさを静かに語っていた
五号室の看護学生は
深夜帰りの白衣を窓辺に干す人だった
風に揺れる袖の影は
なぜか胸を締めつけた
ある晩、ほどけた絆創膏を見つけると
彼女は何も言わず貼り直してくれた
月明かりに浮かぶ横顔は
疲れているのにどこか澄んでいた
誰も多くを語らない
けれどその沈黙が
壊れやすい心をそっと守っていた夜があった
ここはただの通過点じゃなく
帰る場所をなくした僕らの小さな港だった
隠した傷も
忘れたふりをした弱さも
この木造の壁は黙って受け止めてくれた
大家さんは耳が遠くて
テレビの音がいつも大きかったけれど
泣き声がした夜には必ず
湯気の立つ味噌汁を
部屋の前にそっと置いてくれた
あの無言のやさしさは
どこの医者も処方できない温度だった
四号室はずっと空室だった
半年前まで老人が一人
静かに暮らしていたという
誰も訪ねてこない時間の中で
彼は何を見つめていたのだろう
ここはただの古びた家じゃなく
生きることに迷った僕らが
呼吸を取り戻した場所だった
折れた夢も
未熟な強がりも
誰にも笑われない静かな夜があった
取り壊しが決まった日
大家さんは言った
「あなたの顔を見るとね
若い頃の息子が帰ってきたみたいなの」
その涙の意味が
この家の年月をそっと教えてくれた
でもここで交わった小さな人生は
確かに僕を支えてくれた
誰かの泣き声も
誰かの笑顔も
ぜんぶが僕らの灯りだった
ここは旅の途中で見つけた灯(ともしび)
つまずいた夜にそっと灯った場所
さよならの前にもう一度だけ
あのきしむ階段をゆっくり踏みしめたい
古びた下宿屋よ 本当にありがとう
あなたが灯した “見えない手” は
いまも胸の奥で静かに揺れている
- 作詞者
Alexsophie
- 作曲者
Alexsophie
- プロデューサー
Alexsophie
- ソングライター
Alexsophie
- プログラミング
Alexsophie

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最後の下宿人
Alexsophie
古い下宿屋を舞台に、そこに集まった人々の
静かな苦しみと、確かに交わった優しさを描いた
物語バラード。
アコースティックギターの指弾きに寄り添うように
チェロがそっと並走し、
語りかけるような歌声が、
過ぎ去った日々の温度を優しく呼び起こす。
別れと感謝をテーマにした、
どこか映画の一場面のような
静かであたたかいフォーク・バラードです。
アーティスト情報
Alexsophie
私はデジタルクリエーターで、イラストと音楽制作が得意です。色彩感覚と繊細さ、クリエイティビティを活かし、独自の世界観を表現します。心に響く歌詞やメロディを生み出し、独自の音楽スタイルを追求しています。
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