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バンドという枠組みを離れ、佐々木線音がソロとして描き続ける「終わった後の世界」。
新曲「最終処分場」は、とあるゲームの世界観から着想を得ながらも、その物語をなぞるのではなく、“文明が役目を終えた後に、それでもなお世界は続いていく”という普遍的なテーマへと昇華した作品です。
廃墟となった商業施設、草に覆われた床、姿を変えた言語や通貨。人間の営みが過去となった場所で、新たな生態系だけが静かに息をしている。その景色を前に、失われたものへの悲しみと、それでも前へ進もうとする意思を淡々と描き出します。
「ルービック」「パラレルに咲いたチューリップ」といった象徴的な言葉が、崩れた世界の断片を詩的に結び、現実と虚構、生と記憶の境界を曖昧にしていく一曲。
終わった世界は、決して終わりではない。
その静けさの中で、私たちは何を踏みしめ、何を失い、何を未来へ残していくのか──。
佐々木線音が描く、新たな終末風景。
monotone、実験的音楽といった多種多様なバンドにおいて、作詞作曲、フロントマンとして活躍してきた佐々木線音(ささき・せんと)がついにバンドという枠組みを離れソロ活動を開始した。佐々木が描く世界観と作品にはいつも「終わった後の世界」がある。誰かが死んだ後。バンドが解散した後。恋が終わった後。人類が去った後。佐々木は、物語から主人公を失った後の世界が、絶望だけじゃないということを伝えていく。廃墟には草が生え、骨は海へ還り、化合物だったものは単量体に戻り、世界は静かに続いていく。佐々木の歌詞には怒りよりも観察がある。「こんな世界はクソだ」と叫ぶのではなく、「こうなってしまった世界を見ている」という距離感。だから聴いている側は説教されることはなく、ただ隣で同じ景色を眺めることになる。聴き終えた後に残るのは、感動よりも静かな余韻なのである。