

港に小雨の 降る夜は
無性にお酒が ほしくなる
歌などうたい 酔いしれりゃ
無性にあんたが ほしくなる
お客が帰った カウンター
煙草をくわえりゃ いつだって
お疲れさんと 火をくれた
あんたの笑顔が 恋しいよ
看板間際に ずぶ濡れで
使ってほしいと きたあんた
髪からしずく 落ちていた
あれから何年 経ったやら
抱きしめ眠った 夜がある
抱かれて目覚めた 朝もある
弟ですと 言い訳を
するたび心は 痛かった
幸せつかめの 置き手紙
みつけて波止場へ 追いかけた
あの人のこと 誤解だと
叫んでみたけど 遅かった
嵐がきそうな こんな夜
ひょっこり帰って きてほしい
わたしにとって 人生は
あんたと暮らせる 月日だけ
- 作詞者
鈴木宗敏
- 作曲者
小鳥遊 青
- プロデューサー
小鳥遊 青
- プログラミング
小鳥遊 青

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港情話
小鳥遊 青
アーティスト情報
小鳥遊 青
私が初めて作曲をしたのは、俳優の加山雄三(ペンネーム:弾厚作)さんが作曲した『君といつまでも』が大ヒットしていた頃であり、当時中学生だった私は「プロ(の作曲家)でなくても作曲はできるのか(誰でも作曲はできるのか)」「それなら(自分も)やってみよう」と思ったところでした。この時は友達から借りたギターで作曲をしていましたが、当時はギターを持っていること(人)自体が珍しい時代でした。 ☆なお、配信中の「微風セレナーデ~幾千年もの時を越えて~」はこの中学生の頃に作曲した作品です。厳密に言うと「A」は中学生の頃、「B」は大学生の頃に作曲しました。中学生の頃は「A」の後を続けられずに(ギターが手元にないこともあり)そのままになっていましたが、大学生になってギターを購入し、作曲できる環境が整ったことにより、ようやく完結したところでした。また、この曲は長い間無題でしたが、約60年経って初めて曲名が付いたところでした。 ☆大学生の頃は、まだPCも音楽ソフトもない時代であり、私の作った曲は歌とギターの伴奏だけのものをカセット(レコーダー)に録音していました。 ☆それから数年後に、4チャンネルテープデッキが発売されました。これは上書きされずに4回録音できるので、いわば一人でバンドをやっているようなものであり、当時の私の給料の3か月分もする高価な物でしたが、私はそういう物を前々から求めていたので購入したところでした。それからは、リズムボックス、ミキサー、シンセサイザーと演奏録音に必要な環境を徐々に整えていき、ギター1本の時とは様変わりした音楽をしていました。 ☆ただ、私の音楽活動は長続きせず、その後[1~2年音楽活動→3~5年中断]を何度も繰り返していました。 ☆1990年頃に「ミュージ郎」という音楽関係の商品が発売されました。これは「こういう物を誰か作ってくれないか!」「こういうものがあればいい!」と私がかねてから欲しかった「楽曲を制作できる音楽ソフト」だったので、すぐに(取り寄せて)購入し、その「ミュージ郎」を使って今まで作曲していた曲の楽曲制作に取り組みました。 ☆その後、またしても音楽活動を中断し、この時は最も長い中断に入っていました。中断開始の時期はどの時点になるのかわかりませんが、おそらく20~30年間は中断していたものと思います。 ☆そして、「今まで何度も中断したが、(年齢的に)今度がおそらく最後の音楽活動になるだろう」と思いながら、何度目かの楽曲制作ソフトを購入していました。 ☆そのソフトで昔作っていた曲のアレンジに取り組み、そして2022年9月に初めて音楽配信をしました。 ☆私はSNSは全くやっていないため、配信しても告知することはできないのに、「配信しさえすればどうにかなるだろう」と、私はただ配信することだけを考えていました。 ☆そして、1曲目を配信しました。するとどういう仕組みかわかりませんが、配信したことに気づいてくれる人たちがいて、配信直後の数日間はユーチューブの再生回数が少しずつ増えていき、20回程度になりました。ただし、再生回数が伸びるのは配信直後の数日間だけであり、いったん止まれば、その後は全く動きはありませんでした。 ☆その後、10数曲のアルバムを2度配信しましたが、どの曲も1曲目と似たり寄ったりの二桁の再生回数であり、良くて三桁の前半というところでした。そして総再生数0の日が何日も続きました。音楽配信を始めてからまだ3か月でしたが、「今のままでは埒(らち)が明かない。まず告知する手段を持たないといけない。」次の曲の配信手続きを進めていたので、「次の曲を配信したら、いったん音楽配信は止めよう!」、そして、「(音楽配信は)この曲で最後にする!」と決めて、「地上の星」という曲を配信しました。 ☆ところが、その「地上の星」がそれまでの曲とは比べものにならないほどのスピードで再生されて行き、一日の再生回数が100回を超えた日もありました。その頃の私の配信しているすべての曲の一日の総再生回数は0回であり、2回でもあればスゴイことなのに、一日(しかも1曲)で100回は信じられない数字でした(この曲は後日tune coreより「1000再生を突破!」の知らせがありました)。 ☆このことによって「告知する手段を持っていなくても、作品によっては再生回数は伸びる」ということがわかったので、「また(このまま)音楽配信を続けよう」という気持ちになっていました。 ☆そして、次に配信したのは「彼女」という曲でした(この曲はシングルとアルバムの両方で配信していました)。 ☆この「彼女」は「地上の星」以上の爆発力があり、あっという間に「地上の星」の再生回数を抜き去っていました。「地上の星」の再生回数が1,500回ぐらいだった頃に、「彼女」のシングルとアルバムの合計数は「地上の星」より500回ほど多かったような記憶があります。 ☆なお、再生回数は依然として二桁の曲が多い中、三桁の曲がいつの間にか増えており、2024年4月にはtune coreより「1万再生を突破!小鳥遊青」の知らせも頂きました。時間は前後しますが、2023/06/30「人喰い山」という曲がニカラグアのJ-Popトップソングの84位にランクインしたこともありました。 ☆その後、2024年の暮れですが、この時点で更新の期限が到来していた配信曲はすべていったん終了させることにしました。というのは、タイトルその他内容(アレンジ)を一部変更した曲が数曲あり、それらの曲を再配信するには配信していた曲を終了させなければならなかったからです。 ☆私の配信曲はノートパソコンと音楽ソフトで制作した簡易なものなので、総額、数百万円あるいは数千万円あるいはそれ以上の音楽機材、設備のもとで制作された楽曲の後に私の曲を聴くと、あまりのクオリティの差に愕然とします。 ☆多くの曲がある中で私のような者の曲をわざわざ選んで聴いて下さっている方々には、「(こんなクオリティで)申し訳ない」という思いと「(選んで頂いて)ありがとうございます」という感謝の気持ちになります。
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