リリース日: 2026/10/12
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「ねえ 大丈夫だよ」。NATSUKIの「雨上がりの蕾」は、自分の人生を遠くから眺めているようだった日々から、自分の心に目を向け、もう一度歩き始めた経験を歌う一曲です。
赤ちゃんだった子どもの小さなため息が、転機になりました。泣いた日も、転んだ日も、花を育てる土になる。自分らしく咲く姿が、いつか誰かの希望になるように。そんな願いを、この歌に込めています。
――「雨上がりの蕾」が生まれるまで――
「お母さんに笑っていてほしい」。それが、私の原点でした。
幼い頃、父を亡くしました。家族を支える母の背中を見ながら、私は自分の気持ちをうまく言葉にできずにいました。それでも、心の奥にはいつも願いがありました。お母さんに笑っていてほしい。人生を諦めてほしくない。幸せになってほしい。
大人になり、私も母になりました。温かい家庭を築きたいと、心から願っていました。でも、子育てと暮らしの中で、自分の心を後回しにして、毎日を生きるだけで精一杯になっていた時期があります。
世界は、まるでモノクロでした。映画館でスクリーンを見ているみたいに、自分の人生なのに、どこか他人ごとのように眺めている。そこにいるのに、生きている実感がない。未来も見えませんでした。
「周りが変わってくれたら、幸せになれるのかな」。そんなふうに、外側に答えを探していた私に、気づきをくれた出来事がありました。
子どもが、まだ赤ちゃんだった頃のことです。ある日、「ふぅ……」という小さなため息を耳にしました。胸が凍りました。
私自身、苦しさを抱えたまま、無意識に何度もため息をついていたのです。その音を聞いて、私の気持ちや日々の空気が、この子にも伝わっていたのかもしれないと思いました。
「このままでは嫌だ。人生を変えたい。家族を幸せにしたい。まずは、私自身の心に目を向けたい」。
ずっと周りにばかり向けていた目を、初めて自分へ向けた瞬間でした。歌詞の「あの子のため息が 教えてくれた」は、あの日の出来事から生まれています。
そこから、花のことや心理学を学び始めました。自分を責めていたこと。自分を後回しにしていたこと。本音を飲み込んでいたこと。少しずつ、自分の心に気づいていきました。
何もかもが、すぐに変わったわけではありません。一歩進んでは二歩下がる。何度も心が折れそうになりました。それでも、諦めませんでした。誰かになろうと走り続けていた靴を、少しずつ脱げるようになっていったのは、この頃だったと思います。
やがて、自分と向き合う中で得た学びを、今度は誰かに届けたいと思うようになりました。花音セラピスト®としての活動を始め、女性の生き方や内面の輝きを表現するミセスコンテストにも挑戦しました。人との出会いの中で、外見だけではなく、その人の内側から生まれる輝きの大切さを感じました。
産前産後のお母さんたちを支える活動や、女性たちが夢を語り、つながり合える場づくりにも関わるようになりました。
握りしめていた手を開いたら、やさしい風が通り抜けていくのがわかりました。遠くに追い求めていた幸せは、探すだけではなく、すでに手の中にあるものに気づくことでもあったのです。
冬の土の下で、根は静かに伸びています。枯れているんじゃない。次の季節の準備をしているだけ。
私自身、誰かの言葉や生き方に励まされ、何度も一歩を踏み出してきました。だから、私が歩いてきた道のりも、誰かの小さな勇気になるかもしれない。そう思って、この歌を届けたいと思いました。
「ねえ 大丈夫だよ」は、あの頃の私にかけてあげたかった言葉です。そして今、自分の気持ちを後回しにしながら頑張っているあなたにも、伝えたい言葉です。
今どんな場所にいても、人生はここからまた咲き直せる。あなたの中の花は、枯れてなんかいません。
あなたが自分らしく咲いていく姿が、いつか誰かの希望になり、一歩を踏み出す勇気の種になる。その種がまた芽を出し、花を咲かせ、新しい種となって誰かへ渡っていく。
そんな優しい循環が、この歌から少しずつ広がっていったら。それが、私の願いです。