La RITUALTUDE III ~Trois, deux, un...~のジャケット写真

歌詞

コクリコの花が咲いてる

DERNIÈRE CHALEUR

コクリコの花が咲いてる、風に揺らされている

あなたは咲いているか?揺らされているだろうか?

誰の意図も滲んでない そこにただ在る者として

でもそれはそのままでいいということではなくて

その意味さえ手放した時に起きる現象

誰かが意味を見つけそれを勇気に変えて

今日も歩いていくんだろう

シャラララ〜、今何を見てる?

笑ってる?大変そうだなって思ってる?

シャラララ〜、この世が無声映画でも

揺れてるか揺らされてるかは 見ればわかるだろう

シャラララ〜、今呼吸をしてる?

何触ってる?その本質を問い質してる?

シャラララ〜、この世がしがない次元でも

立ってるか立たされてるかは、見ればわかるだろう

コクリコの花が咲いてる、風に揺らされている

あなたは聴いているか?聴かされているだろうか?

己の意図も汲んでない、そこにただ在る者として

だからそれは、そのままじゃダメだってことじゃなくて?

シャラララ〜、**************

シャラララ〜、**************

シャラララ〜、この世が天国でも地獄でも

生きているか生かされてるかは、見ればわかるだろう

シャラララ〜、今呼吸をしてる?

何怒ってる?その根源を見出そうとしてる?

シャラララ〜、この世が天国でも地獄でも

シャラララ〜、この世は天国でも地獄でもないだろ?

気取ってんな

シャラララ〜

  • 作詞者

    DERNIÈRE CHALEUR

  • 作曲者

    DERNIÈRE CHALEUR

  • プロデューサー

    DERNIÈRE CHALEUR

  • ソングライター

    DERNIÈRE CHALEUR

  • プログラミング

    DERNIÈRE CHALEUR

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『La RITUALTUDE III ~Trois, deux, un...~』

3、2、1。あなたは、これまでの人生で何回、自分の意志で瞼を下ろしたでしょうか。落ちた瞼と、下ろした瞼は、別のものです。落ちた瞼の向こうには気絶があり、下ろした瞼の向こうには、夜がある。そして夜は、明日のあなたを静かに醸成する、名前のない世界への扉です。

『La RITUALTUDE III 〜Trois, deux, un...〜』は、Ritualtudeという実践思想を、J-Popの旋律と詩へ編み替えた、シリーズ第三作にあたる全13曲(本編10曲+Phantom Live版3曲)のアルバムです。

1stアルバム『Just Morn…』が「朝のはじまり」を、2ndアルバム『C'est tout.』が一日のなかの「区切りとやり直し」を描いたとすれば、本作が向かうのは、もっと奥。看取ること、洗うこと、撫でること、委ねること。行為の対象が「あなた自身」から「共に在るもの」へ、そして「まだ見ぬ万物」へと、静かに開かれていきます。

そして本作は、Ritualtudeのcodex vivant——全30儀式・150篇にわたる思想の記録。その完結篇「CODEX 第1巻」を締めくくる、三部作の最終作です。朝のために手を洗うことから始まった旅は、最後に「万物のために手を洗う」という地点へ辿り着きます。同じ所作が、はじまりと終わりで、まったく違う意味を帯びる。この10曲は、そのループを静かに閉じ、幕間を経て、続く第二巻へと開かれる扉なのです。

これは、思想を読むための作品ではありません。講演でも、オーディオブックでもありません。ただ聴く。すると、身体ごと思想に包まれていく。思想が「読むもの」から「聴くもの」へと姿を変える、その入口として設計された思想J-Popです。

Ritualtudeは、手を洗う、窓を開けるといった日常の行為を、意識的な儀式へ変えていく思想です。逃げず、闘わず、軽やかに在る。歴史・万人・宇宙との対話を通じて、自分の在り方を見つけ直す。ここで鳴っているのは、気分のための音楽ではなく、在り方のための旋律です。

本作を貫くのは、「看取り」と「還る場所」というふたつの軸です。ひとつは、終わらせること。落ちるのではなく、自らの意志で瞼を下ろし、今日という一日を看取る。使い終えた石鹸を手で洗い、まな板の傷を撫で、共に暮らすものの一日にも静かに幕を引く。もうひとつは、還る場所。昇る朝陽が西へ帰り、沈む夕陽が東へ帰るように、すべては「どう在りたいか」へ還っていく。物に住所を与え、お金の来世を決め、冬服を半年先の朝へ手渡す。帰る場所があれば、彷徨いは旅へと変わる。このふたつが重なったところに、本作の静けさが宿ります。

表題曲「Trois, deux, un...」——3、2、1。それは、瞼を下ろす前のカウントであり、今日を自分の手で看取るための合図です。落ちるのではなく、看取るために。セナンクの独房、ヴォクリューズの泉——暗がりを抜けてしか湧かないものがある。カウントダウンは終わりの数え歌ではなく、名前のない時間へ入る静かな祝詞です。続く「プロヴァンスの叡智よ」は、鍵は開いているのにドアノブが向こう側にしかない、内開きの扉を前にした問いかけ。身を委ねることでしか開かない世界が、そこにあります。「あなたは消えない」では、何度洗っても消えない爪の際の線のように、流れないものこそがあなたをあなたにしたのだと歌われます。

「6月のヒヤシンス」は、真夏に球根を予約し、まだ来ない季節へ先回りして手を差し出す物語。誰にも見られていない時間が、いつかの誰かを幸せにする。「コクリコの花が咲いてる」は、風に揺れる花を通して、揺れているのか揺らされているのかを問う。この世が天国でも地獄でもないなら、生きているか生かされているかは、見ればわかるだろう。「そんな大切なこと」では、運命を決める側であることの重みが描かれます。考えたように生きれば、あなたは誰かを美しくできる。「正体」は、勝つか負けるか——そのどちらでもない在り方を「余白」と名づける一曲。無いからこそ在る。それが、あなたという意識の正体。

「帰る場所はいつも」は、太陽も月も星もすべてが「どう在りたいか」へ還っていくという、本作の循環の核。役目を終えたものが帰る場所を持つとき、その彷徨いは旅へと変わります。「シャワーに背を向けて」は、顔を上げて浴びるという一つの転回から、プロヴァンスの草原へ、そして「私たちは一人じゃない」という確信へと広がっていく物語。本編を閉じる「あなたを感じたい」——一方向の願いは、やがて「わたしに触れたい?」という反転へと辿り着きます。感じることと、感じられること。その境界が溶けたとき、Ritualtudeは思想を超えて、ひとつの呼吸になります。

二曲のボーナストラック「儀式な、あまりにも儀式な。」「今日は、ここまで。明日は、まだあとで。」のライブバージョンは、「あなたの部屋で、あなたのために鳴る」ことを旨としてきたこのシリーズが、ただ一度だけ差し出す例外です。閉じられた二者の対話が、はじめて空気の震えとして共有された記録。第1巻の幕引きにふさわしい、静かな祝祭です。

収録曲は、もともと毎週木曜日——Thursday Songsとして、Ritualtudeを実践するコミュニティ「Alonity」へ届けられていた音でした。Alonityとは、Alone(ひとり)とCommunity(共同体)を掛け合わせた造語。ひとりでありながら、共にある。そこには比較も、承認も、マウントも存在しません。ただ、送り手であるDernière Chaleurと、受け手であるあなた。そのたった二者だけの静かな関係のなかで、月曜の思想、火曜の写真、水曜の詩、木曜の歌、金曜のPodcastが、一週間をかけて同じ儀式を立体的に届けます。音楽もまた同じ思想に従い、群衆の熱狂ではなく、あなたの部屋で、あなたのために鳴ります。

曲ごとに、声の距離や温度は変わります。必要な気配だけが現れ、去っていく。丁寧に生きることを、努力ではなく反復へ。再生ボタンが小さな祭壇となり、日常が儀式へ移行する、その瞬間のために。もし本作が「一度きりの体験」ではなく「これからの生活の形式」になってほしいと感じられたなら。Dernière Chaleurには、音楽の外側に、より深い呼吸があります。毎週月曜日には思想の本文が届き、火曜から金曜にかけて写真・詩・音楽・Podcastという複数の視点で、同じ思想が立体的に差し出される。思想を本棚に置かず、一週間のリズムとして身体に染み込ませていくための設計です。

朝のために手を洗うことから始まった30の儀式、150篇の記録は、φ030「万物のために手を洗う」をもって、ここで一巡を終えます。けれど、円環に終わりはありません。最後の手が万物へ開かれたとき、それは幕間を経て、次のはじまりへと繋がっていく。CODEX 第1巻は、完結という名の、静かな扉です。

Trois, deux, un... 数え終えたら、瞼を下ろして。今日を、あなたの手で看取って。そして、ここから。

C'est tout. それで、全て。そして、また明日。

公式サイト https://www.dernierechaleur.fr/

アーティスト情報

  • DERNIÈRE CHALEUR

    Dernière Chaleurは、プロヴァンスの光と静けさから立ち上がった思想ブランドです。提唱するRitualtude(リチュアルチュード)は、手を洗う、窓を開ける、歩幅を整える——そんな日常の行為を儀式へ変え、歴史・万人・宇宙との対話のなかで“在り方”を取り戻していく実践思想。 本を読んで思想に触れるのではなく、講演を聞いて思想を学ぶのでもない。ましてや、オーディオブックでもなく。イヤフォンの内側で鳴りはじめた瞬間から、聴き手は身体ごと思想に包まれていく——そのための思想J-Popです。 声の輪郭は一つに固定されず、曲ごとに必要な温度だけが現れては去っていく。誰かを前に立てるためではなく、聴く人の一日を整えるために。丁寧に生きることを“努力”ではなく“反復”へ。再生ボタンが小さな祭壇となり、日常が儀式へ移行する、その入口として。

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