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会えない時間を越えて、それでも変わらず大切な人を想い続ける、まっすぐな愛を描いたラブソング。
同じ月を見上げながら、離れた場所で想いを重ねる夜。
会えない切なさも、声を聞ける喜びも、すべてが愛する気持ちを少しずつ深くしていきます。
百年後でも愛していたい。
百年後まで、この想いを大切にしたい。
SARAHの透明感あふれる歌声が、胸の奥に秘めた愛しさや切なさをやさしくすくい上げ、ひとつひとつの言葉を心へと届けます。
●「会えない辛さ」を「会える喜び」へ変える、二人の距離
離れている寂しさに押しつぶされるのではなく、次に会える瞬間を心の支えにする前向きな姿勢。しかし、受話器越しに聞こえる恋人の声に、胸を締め付けられるような切なさが溢れ出します。
「掠れながら愛を叫ぶ」という表現からは、会いたくても会えないもどかしさや、寂しさを必死に堪える恋人の姿が浮かびます。その切なさが、主人公の「守りたい」という愛のエネルギーをさらに加速させていきます。
●「百年後」という壮大な誓いと、泥臭い現実の対比
「百年後」という、人間の寿命をも超える永遠の愛の誓い。それに対して「大袈裟だよ」と笑う恋人のリアルな反応が、かえって二人の心理的距離の近さを引き立てています。しかし、この曲の素晴らしいところは、そうした「壮大な誓い」の直後に、きわめて日常的で泥臭い描写が続く点です。
「百年後の愛」を誓った主人公が、次の瞬間に乗るのが「終電」という現実。
この「壮大さ」と「生活感」のギャップこそが、このバラードをただの夢物語ではなく、私たちの心に突き刺さる「等身大のラブストーリー」へと昇華させています。
どれほど離れていても、心まで離れるわけじゃない。
そして、同じ時間をともに過ごせることは、決して当たり前ではない。
会えることも、手をつなげることも、隣で朝を迎えられることも―
そのすべてが、かけがえのない奇跡だから。
大切な人をもっと大切にしたくなる、切なくもあたたかな愛の一曲です。
The Divine Child of Amaterasu (one of the most significant deities in Japanese mythology, representing the Sun). A conductor of vibration to raise collective vibrational frequency of this planet earth resonating with energy of cosmic consciousness. Being the embodiment of love, writing blog posts sharing her personal stories or insights since 2000. In 2010, a certain psychic person told her that she was born as the divine Amaterasu child. Having her soul gone through its journey to Lyra, Sirius and Pleiades, she recognised herself connecting with energy of Princess Ototachibana (the wife of a mythical Japanese prince Yamato Takeru) has happened. This awareness brought her to declare her commitment, to be a living embodiment of Princess Ototachibana and do something for the better future of Japan together with Yamato Takerus divine energy, at the area said to be the birthplace of Princess Ototachibana. Now she works to bring Amaterasu wills into life with Princess Ototachibanas divine energy.
現在は、楽曲制作を中心に活動中。音と言葉を通じて、誰かの心に届く表現を。