プレゼンティング・ディオン・アンド・ザ・ベルモンツのジャケット写真

プレゼンティング・ディオン・アンド・ザ・ベルモンツ

トラックリスト

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1958年にリリースしたローリー初のシングル「I Wonder Why」が全米22位に入るヒットを皮切りに、翌59年にかけて「No One Knows」、「Don’t Pity Me」と続く。特に「A Teenager In Love」(恋のティーンエイジャー)が59年に全米5位、ディオン&ベルモンツの人気が決定的となった記念碑的な曲を含む決定盤。

ディオン&ベルモンツはニューヨーク、ブロンクス出身の白人ドゥ・ワップ・コーラス・グループ。ホワイト・ドゥ・ワップ界の草分け的存在。
時代背景からも沢山のグループが生まれたが彼らを上回る者は現れなかった。中心的役割のディオンは本名 Dion Francis Dimucci(ディオン・フランシス・ディムチ)イタリア系アメリカ人である。当時のメンバーは、何れもブロンクス出身のディオンがリード、アンジェロ・ダレオがファースト・テナー、フレッド・ミラーノがセコンド・テナー、カーロ・マストランジェロがバリトンの4人。メンバーの数人が地元ストリート・ギャング出身だから驚く。プロとなってモホーク・レコードからのデビュー・シングル(57-58年)は不発となるが、その後ローリー・レコードと契約、猛進撃が始まった。1958年にリリースした初のシングル「I Wonder Why」が全米22位に入るヒットを皮切りに、翌1959年にかけて「No One Knows」、「Don’t Pity Me」と続く。特に「A Teenager In Love」(恋のティーンエイジャー)が59年に全米5位、これはちょっと切なくてロマンチックなメロディで、人気が決定的となった記念碑的な曲。オールディーズ・ファンの中でも常に人気のある「Where
Or When」(いつかどこかで)は全米3位を記録。
ヒットを連発し一気に大スターの仲間入りを果たした歴史的価値のあるアルバムである。
ボーナス・トラックとしてアルバム未収録のシングル・ヒット(59年全米48位)「Every Little Thing I Do」が加わり文句なしとなった。

アーティスト情報

オールデイズ・レコード