La Ritualtude II ~C'est tout.~のジャケット写真

歌詞

宇宙の元旦 2026

DERNIÈRE CHALEUR

小さな幸せを十個 集めたら怖くなる

誰かが言った一言に怯えた "人生プラマイゼロ"

「なんで私だけ?」って 声に出せない分だけ

内側がジクジク腐っていく

誰にも見えないところで あの時こうすれば

そう思う夜ほど 布団の中が広くてカラダが沈んでいく

十個の喜びを積み上げて たった一つの理不尽に

全部持っていかれる朝に プラマイゼロって言えるか

楽をしたら自分を罰して 苦労したって何も残らなくて

何もしなかった日には 私の値段がゼロになった気がした

覚悟なんて何度決めても次の朝には溶けていた

それでも季節だけは正直で桜は誰の許可も取らずに咲く

元旦に誓った約束はもう雑踏に潰されて溶けていた

また大晦日に付け焼き刃でこれが私の夢ですって

嘘ついている

私だろな

私は弱い人間ですっていう人を見ると虫唾が走るんだよね

でも私が強い人間かというと決してそんなことはなくて

幸せに包まれるってどんな感じだろうって想う日もあるけど

それはきっと信頼できる一人がいればいいってことじゃないかと

今まだ答えはそれしかなくて

覚悟なんて何度決めても次の朝には溶けていた

それでも季節だけは正直で宇宙の元旦は今目の前にある

元旦に誓った約束はもう雑踏に潰されて溶けていた

でも始まりを決められるのはそれが私なんだって

今日気がついた

私だった

覚悟なんて何度決めても次の朝には溶けていた

それでも季節だけは正直で地球の春分は今目の前に

覚悟なんて何度決めても次の朝には溶けていた

それでも季節だけは正直で宇宙の元旦は今目の前にある

今、気がついた

始まりを決めるのは私だった

私だった

  • 作詞者

    DERNIÈRE CHALEUR

  • 作曲者

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  • プロデューサー

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  • ソングライター

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  • プログラミング

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5億分の1秒。瞬きよりも、もっと手前。そこにいた「あなた」と、いま再生ボタンに指をかけている「あなた」は、本当に同じ人でしょうか。

『La RITUALTUDE II 〜C'est tout.〜』は、Ritualtudeという実践思想を、J-Popの旋律と詩へ編み替えた、シリーズ第二作にあたる12曲のアルバムです。1stアルバム『Just Morn…』が「朝のはじまり」を描いたとすれば、本作は、一日のなかで何度も訪れる「区切り」と「やり直し」のための音楽です。靴を脱ぐ。スイッチを切る。座る。降ろす。そのひとつひとつを、儀式として鳴らし直していく。

これは、思想を読むための作品ではありません。講演でも、オーディオブックでもありません。ただ聴く。すると、身体ごと思想に包まれていく。思想が「読むもの」から「聴くもの」へと姿を変える、その入口として設計された思想J-Popです。

Ritualtudeは、手を洗う、窓を開ける、歩幅を整えるといった日常の行為を、意識的な儀式へ変えていく思想です。歴史・万人・宇宙との対話を通じて、自分の在り方を見つけ直す。ここで鳴っているのは、気分のための音楽ではなく、在り方のための旋律です。

本作を貫くのは、「縮尺」と「循環」というふたつの軸です。5億分の1秒という極小の単位から、四季という年単位の循環、そして宇宙元旦という暦の起点まで。時間の伸び縮みのなかで、同じ自分が何度も立ち現れ、何度も静かに終わっていく。フラクタルとフラクタルが入れ子になるように、一日のなかにも、一年のなかにも、人生のなかにも、同じ形の儀式が反復されていることに気づかされます。

「愛だけが人を強くする唯一無二の存在じゃなくても」「It's not Rainy days」といった楽曲では、否定形の言葉が、優しい肯定として響きます。何かを足すのではなく、いまここに在るものを、そのまま在らせる。「Switch Off」「無音 〜Noise〜」「私は座って靴を脱ぐ」では、止めること、脱ぐこと、降ろすことの儀式性が描かれます。そして終曲「C'est tout.」は、これで全て、と言い切るフランス語のひと言が、日本語版とフランス語版で、アルバム全体を静かに閉じ、同時に開きます。

収録された楽曲は、もともと毎週木曜日に、ある場所へ届けられていた音でした。そこでは、比較も承認もマウントも存在しない。見えない共同体のなかで、送り手と受け手の二者だけが向き合い、ひとりの時間が最も贅沢になるように設計されています。音楽もまた同じ思想に従い、群衆の熱狂ではなく、あなたの部屋で、あなたのために鳴ります。

曲ごとに、声の距離や温度は変わります。輪郭は固定されません。必要な気配だけが現れ、そして去っていく。誰かを前に立てるためではなく、聴く人の一日を整えるために。丁寧に生きることを、努力ではなく反復へ。再生ボタンが小さな祭壇となり、日常が儀式へ移行する、その瞬間のために。

もし、このアルバムが「一度きりの体験」ではなく、「これからの生活の形式」になってほしいと感じられたなら。

Dernière Chaleurには、音楽の外側に、より深い呼吸があります。毎週月曜日には思想の本文が届き、火曜から金曜にかけて写真・詩・音楽・Podcastという複数の視点で、同じ思想が立体的に差し出される。思想を本棚に置かず、一週間のリズムとして身体に染み込ませていくための設計です。

この12曲は、外側へ開かれた扉です。扉の内側には、あなたの日常を儀式へ変えるための、さらに静かな連続が待っています。

C'est tout.
それで、全て。そして、ここから。

公式サイト https://www.dernierechaleur.fr/

アーティスト情報

  • DERNIÈRE CHALEUR

    Dernière Chaleurは、プロヴァンスの光と静けさから立ち上がった思想ブランドです。提唱するRitualtude(リチュアルチュード)は、手を洗う、窓を開ける、歩幅を整える——そんな日常の行為を儀式へ変え、歴史・万人・宇宙との対話のなかで“在り方”を取り戻していく実践思想。 本を読んで思想に触れるのではなく、講演を聞いて思想を学ぶのでもない。ましてや、オーディオブックでもなく。イヤフォンの内側で鳴りはじめた瞬間から、聴き手は身体ごと思想に包まれていく——そのための思想J-Popです。 声の輪郭は一つに固定されず、曲ごとに必要な温度だけが現れては去っていく。誰かを前に立てるためではなく、聴く人の一日を整えるために。丁寧に生きることを“努力”ではなく“反復”へ。再生ボタンが小さな祭壇となり、日常が儀式へ移行する、その入口として。

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