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歌詞

Logical Realistic Tour

Tom Yam Kung

思考が凝り固まって

動けなくなっている君

頭が大きくなって

実態に伴ってない現状

気分で動き回って

余計に迷惑かけないで

何もかもが嫌だ

たしかに受け付けない

俺は奴隷じゃない

たしかにそうなんだ

ずっと昔の木の実を拾ったとき

もっと心がその身が動いたもの

わかり合った蜘蛛の糸が

千切れている

空を切って弾けた正論

爆破して

カラフルな街

漂白して何が楽しい

当たり前のことさえも

成仏できない

予定を埋め込んだって

それってただの自己満足

見えない相手の承認

得たくて其楽最高

自分が特別なんて思わないで

あなたはヒト

ずっと昔の地層から声がする

もっとほんとうの

まごころとものはいずこ

歴史を刻む時計の針が動いている

積み重ねた周回も融解

解けてゆく

くだらない街

赤く染めたアレは間違いか

思考停止なんてものを

爆破させろよ

  • 作詞者

    Tom Yam Kung

  • 作曲者

    Tom Yam Kung

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アーティスト情報

  • Tom Yam Kung

    Tom Yam Kung は、音楽を「世界を確かめるための実験」に近いものとして扱う一人ロックバンドである。 私にとってロックとは、華やかな装飾でも、逃避のツールでもなく、自分が何者であるのかを一度破壊し、もう一度組み直す行為だ。 日常はしばしば、誰かの正義や常識に覆われ、内側の声がかき消されていく。 『イエスマン』のように社会のケージを叩きながら、あるいは『Logical Realistic Tour』のように他者の正論に魂が接収される感覚を抱きながら、人は“自分の思考と世界の構造が本当に噛み合っているか”を問い続けている。 私は、そこで鳴る軋みや不協和こそが、もっとも「生きている」と感じられる瞬間だと思っている。 『Feel』は、身体性を失った世界に対して「感じること」の奪還を求める曲だ。 『行末の一瞬』では、希望と諦念が入り混じるなか、なお未来へ跳び込む衝動を記録した。 『街』や『エスケープ』『Unnecessary』では、存在の重さや曖昧さ、逃避と回帰の循環を描き、 『I’m Only Standing』は、無意識に生の惰性へと流されていく人間への冷徹なまなざしを含んでいる。 これらの曲に共通するのは、”答えを出すためではなく、世界の手触りを取り戻すために鳴らしている”ということだ。 音楽はその格闘の記録であり、反抗であり、祈りだ。 世界はしばしば理不尽で、矛盾に満ち、私たちはそのただなかで迷子になる。 それでも、人は前へ進みたいと思う──たとえそれが一瞬の火花のような希望であっても。 Tom Yam Kung の音楽は、その一瞬のために存在している。 「強さ」や「正しさ」ではなく、“誠実に揺れることそのもの”が人間を照らすのだと信じているからだ。

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