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Duet No.1 for Two Violas

  1. Duet No.1 for Two Violas -Allegro-
  2. Duet No.1 for Two Violas -Andante-
  3. Duet No.1 for Two Violas -Rondo-

ここで演奏に用いられているビオラはともに一人の製作者、Yu Iidaの手になるものである。合奏、アンサンブルの音色の調和、そしてその豊饒さは演奏家たちそれぞれの優れた技量によってその特徴を際立たせている。

Toby Hoffman

指揮者でありヴィオリストであるトビー・ホフマンのこの30年でのキャリアは、ザルツブルグ、ラヴィニア、特に、モーツァルト、スタヴァンゲル、マルボロ、ラホヤ、サラトガ、香港など、多くの世界一流の国際音楽祭への出演に見られる。 これまでに、カーネギーホール、コンセルトヘボウ、ウィグモアホール、ロンドンサウスバンクセンター、サントリーホール、リンカーンセンター、スカラ座などの舞台に立ってきた。 客演指揮者、ソリストとしては、フィラデルフィア、ベルギー国立管弦楽団、台湾国家交響楽団、ワロンロイヤル室内楽オーケストラ、ケーヴェアラーオーケストラ、ヨハネスブルグ管弦楽団、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団 、ミラノ・イ・ポメリッジ・ムジカーリ、カルロ・フェリーチェ劇場、カリ管弦楽団、コスタリカ国立管弦楽団、バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団、フロリダ・オーケストラ、プラハ室内管弦楽団など数々の世界的オーケストラと共演している。 彼はマウリツィオ・ポリーニ、サルバトーレ・アッカルドと共に数々のツアーやプロジェクトを行っている。 アッカルドとは、協奏交響曲、ヴァイオリンとヴィオラのデュオ、弦楽三重奏の為のディヴェルティメント、6つの弦楽五重奏曲を含む全てのモーツァルトによるヴァイオリンとヴィオラの作品、ベートーヴェン、シューベルト、チャイコフスキー、メンデルスゾーン、ヴェルディ、ドヴォルザーク、ショーソンなどの室内楽を録音。 その他多くの録音の中には、アンドレ・プレヴィンと共演のフランス室内楽のアルバムも含め、リンカーンセンター室内楽協会、マルボロ音楽祭のものも含まれる。 これまでに、エマーソン、エルサレム、イザイ、ファインアーツ、東京の各弦楽四重奏団の客演ヴィオリストを務める。 1988年には、フィンランドのクフモ室内楽音楽祭において、アルフレート・シュニトケのピアノ四重奏曲を初演した。 バージミュージックホールの芸術監督を10年間務め、それは同ホールがニューヨークで最も有名なコンサートホールの1つとなる一助となった。 教育者としては、ハーバード大学においてアーティスト・イン・レジデンスとしての地位にあり、カーネギーメロン大学とラヴィニア音楽祭のスティーンズ音楽院では教授会のメンバーである。 また、ポルトガルのミーニョ大学では室内楽とオーケストラ研究の教授を務めた。マスタークラスは、ニューイングランド音楽院、マンハッタン音楽学校、シンシナティ大学コンサーヴァトリー・オブ・ミュージック、国立台北芸術大学、チッタ・ディ・カステッロ、リヴォルノ、クフモ、トゥルク、アムステルダム音楽院、エリザベート王妃音楽大学で行ってきた。 音楽一家に生まれた彼は6歳でヴァイオリニストでもある母と共に、ヴァイオリンを学び始めた。ヴィオリストとしてはパウル・ドクトールの下に学び、ジュリアード音楽院を学士、修士の両方で卒業。後にフィンランドでヨルマ・パヌラに指揮を学び、ヘルシンキのシベリウス音楽院の大学、プレカレッジの指揮教師となる。 現在ポルトガルに住み、シアターオーケストラ、ミーニョ室内オーケストラの首席指揮者を務めている。

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Paul Rosenthal

ポール・ローゼンタールは普通とは変った経歴の持ち主である。1942年ニューヨーク生まれ。3才よりヴァイオリンを始める。ジュリアード音楽院でイワン・ガラミアン、ドロシー・ディレイに、南カリフォルニア大学でハイフェッツ等に師事。エリザベート、シベリウス、等多くの国際コンクールに入賞し、ソリストとして将来を期待されていたにもかかわらず、1969年に大自然が広がるアラスカに移住。大陸北端の村で丸太小屋に住み、1000人のエスキモーのために演奏する事を誇りとしていた。1972年アラスカのシトカに世界中から音楽家を招き、シトカ・サマー・ミュージックフェスティバルをはじめる。40年以上にわたり音楽監督を務め、この音楽祭を世界有数の音楽祭にそだてあげた。室内楽奏者としてハイフェッツ、ルジェーロ・リッチ、ピアティゴルスキー、ミルトン・トーマス、ナサニエル・ローゼン等々錚々たるメンバーと度々共演してきた。

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