ほんとうは
悩み苦しむことが
心臓がまわる仕組みに密接に関係していると
知っているあなただった
手をひらけば
コピー用紙半分にも満たず
夜中 自動販売機に照らされて
水よりもむしろ光に渇いていたと気づく
ひとは皮膚によって
無限に隔てられたままだから
雑踏に分けいればかえって誰もが同じになれる
そして
それとはべつのしずけさが
いつも胸に息巻いていることも
よくよく知っているあなただった
眼の見えない女の子が鈴を鳴らしている
よく聞けばそれは歌でもあった
ネクタイのおじさんの顔面
いっぺんたばこの煙に覆われて消えて
またもどってくる
朝まで片づけられずに残っている吐瀉物を
星座のように数えて電車に乗る
きのう
ポストに入っていた封筒には消印がなくて
指紋を塗り替えてしまわないように
爪だけでゆっくりひらいた
中からは金木犀の花びらと
みじかい人の毛が数本
あたりまえのように机にすべりでてきた
金木犀は既に朽ちて
なんのにおいも
しなかった
こんなことなら
ぼくたちの歩く通りは
つねに目に見えないかなしみの亡霊で満ちていて
肩がぶつかってもすきとおってしまうから
ぼくたちは気づかないままなのだろう
露がおちるように
遠くにいきたい とふと悟ったとき
単にここを離れたいのとは違った
違う惑星に旅をしてもまだ足らない
重くさびしい皮膚の牢屋を脱ぎすてて
じぶんであったことを脱ぎすてて
煙突の煙が雨雲にのみこまれるように
ほかの誰かに溶けてしまいたかった
それくらい遠くのあなただった
こんなことなら
こんなことなら
誰のさいわいも願わずに
木綿のぬいぐるみのように暮らしたかった
こんなことなら
路上にねむる知らない男のひげが伸びるのを
あんなに見つめなければよかった
こんなことなら
よく聞けばそれは歌でもあった
いや
だれかが嗚咽をこぼすたびに
そうであってほしいと願うあなたがいただけだ
だれかが嗚咽をこぼすたびに
それが歌であってほしい と
ほんとうは
悩み苦しむことが
心臓がまわる仕組みに密接に関係していると
よく知っているあなただった
手をひらいて
ものをつかみ
投げることができるのは
ヒトだけだという
それくらい遠くのぼくたちだった
きのう
ポストに入っていた封筒には消印がなくて
いつか
誰かが投げた紙飛行機が
まだあなたの胸に鋭く刺さっている
惑星どうしほどの距離をやすやすと超えて
あなたは金木犀のにおいを思い出す
舌に載せたように はっきりと
心臓をまわせ
これからも
悩み 苦しむあなた
紙飛行機が刺さったまま暮らしてゆくあなた
離れた惑星にも届くように と
くりかえし信号を投げかけるあなた
抱きしめられない人と出くわすたび
しずかに海を思い出すあなた
かなしみに歌を
歌を さがすあなた
あなただった
これ以上
願わなくてもいいように
そのために願うとするなら
あなたの心臓がまわるたび
それが歌であってほしい
きっと歌であってほしい と
- 作詞
向坂くじら
- 作曲
クマガイユウヤ
Anti-Trench の“これ以上願わなくてもいいように”を
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ストリーミング / ダウンロード
- 1
Prologue/脈
Anti-Trench
- 2
すずらん
Anti-Trench
- 3
穴のあいた水さし (feat. 狐火)
Anti-Trench
- 4
Interlude/皮膚とあいづち
Anti-Trench
- ⚫︎
これ以上願わなくてもいいように
Anti-Trench
- 6
約束
Anti-Trench
- 7
Epilogue/まわりはじめる
Anti-Trench
アーティスト情報
Anti-Trench
Anti-Trench 詩人・向坂くじらとGt.クマガイユウヤによる朗読ユニット。2020年1stAlbum「ponto」「ŝipo」リリース。 向坂くじら 詩人。第一詩集『とても小さな理解のための』(しろねこ社)。朝日新聞、共同通信社配信の各地方紙、他雑誌などに寄稿。教育の分野でも活動し、各所で詩の出張授業を実施するほか、2022年埼⽟県桶川市にて「国語教室ことぱ舎」を自ら創設する。 クマガイユウヤ ギタリスト、コンポーザー。 セッションミュージシャンとして幅広くジャンルレスに活動するだけでなく、ソロプロジェクト・THE NAAVなど、各所で精力的に活動中。BMSG所属アーティスト・Novel Coreのバンドメンバー。
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