死と生のジャケット写真

歌詞

喜びについて

Violet Apple Machine

喜びの果てにあるものは歓喜ではない

夏の終わりはさざめき暮れる

取り残される向日葵はしっかりと背丈を揃え

秋の終わりはしらべの揺らぎ

にぎやかな人々の喧騒の唄をオルゴールに閉じ込め

冬の終わりはせつなの切れ間

家路を辿る視界のゾートロープ

早く回すか遅く回すかでいつまでも楽しむために

そうして 春の終わりは喜び

夜のもと 眠りは一日を絶つ

しかし 朝になると太陽は前日の名残りを照らす

眠りが絶つ日に対しそしらぬ顔をし

そうして 人々は日々を営む

それを奇跡と表現しながら

太陽は決してはぐれてはゆかない

そうであることを皆知っているはずだ

ささやかな眠りと知っているからこそ

死んだように眠る日も

季節はとどこおり

うつろうことなく互いを気に掛ける

離れていくことのない四季は

曼珠沙華の咲き乱れる閑散とした夕暮れ

昼の熱気は長引いている

染井吉野も負けん気を発揮して、饒舌に咲き誇る

枯れた花々は熱された大地に憩い、彼女たちに身をささげる

金木犀は蜃気楼の中佇む 千々に散り乱れる花弁

歌が聴こえるだろう

あなたの唄う綺麗な歌が

健やかなその全身から

どんな音色でもいい

四季は日々をその手でつつみ

そうあることを願ってくる

にぎった手に優しく力を込め

あなたの幸せを願っている

笑顔の中に温かく涙を浮かべて

たくさんの祝福の言葉を掛けて

存在そのものを肯定しながら

私はそうであることを願う 何が起ころうと

喜びの果てにあるものは歓喜ではない

喜びの果てにあるものは時である

喜びと時の関係は

とどこおる四季そのものである

我々は喜びに対し誠実で、時に楽観的で、受動的かつ能動的でなければならない

時に厳しく、優しく 父のように 母のように

また悲しみは有形であるが、対照的に喜びは形を持たない

従って喜びを所有することはできない。

が、喜びが内包する性質においては、無限に所有し続けることが出来る。

喜びとはそう在ることと言える

永遠とはそう在ることと言える

いや永遠とは今なのだ 存在そのものなのだ

断絶を繰り返し在ることがそう在ることなのだ

此処に立っていること

此処で横たわっていること

此処で泣いていること

此処で微笑み掛けること

此処で語らうこと

此処でふたり黙考すること

四季が移ろうこと

滞ること

春が来て 夏が来て 秋が来て 冬が来て

また春が来て 夏が来て 秋が来て 冬が来て

喜びは

魂のもの

あまつさえ わがたましいばかりの

ものにあらず

  • 作詞

    Violet Apple Machine

  • 作曲

    Violet Apple Machine

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詩人の咆哮。
今作はポエトリーリーディングを中心としたアルバムである。
深淵かつメロディアスな「BreathFlow」、日常的に経験する感情を底の底まで内省した「喜びについて」、およそ6分のあいだ途切れることのない朗読を続ける「POETRY ORGANISM」などを収録。

アーティスト情報

  • Violet Apple Machine

    ポエトリーリーディングを主な表現手段とするミュージシャンであり詩人。 自ら手掛けた楽曲に自ら手掛けた詩の朗読を載せるスタイルを採る。 その作品はアンダーグラウンドかつ内省的な衝動に満ちている。 現時点で描かれたテーマは「生命力の強靭さ」「喜びに関する省察」「全ての創作者への賛歌」等。 Violet Apple "Machine"ー"機械"、即ち無機質という意味を有するこの文字列は詩人Fuuのソロプロジェクト​名義である。

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