

歌詞
単一の形式
土曜日の友達, てみず
具体的な日時は思い出せないがその日に起きたことは説明できる。
後部座席の車窓から見た商店の看板にある「斎」の文字が網膜に焼き付いたのである。もちろんこの網膜に焼き付いたという表現は慣用句であるが、それを文字通り受け取ってもらっても余りあるほどの焼き付き方であった。
目を開けているときも閉じているときも「斎」の一文字が残り続けている。影送りとも称せると思ったが、影にしては濃い。それは眼前に、いや、眼内に常に居るのである。もはや実体送りである。
「斎」の一文字は昼夜を問わず私を苛んで、おちおち眠れやしない。しまいには人の眼の奥にその、サイ、の文字が見えるようになってしまった。
聞くところによるといわゆるカメラアイと呼ばれる瞬間記憶というのは目に映った一瞬をまるでカメラで撮った写真のように覚えることができる能力のようである。しかし判然としない。私はその時の視界すべてを覚えているというわけじゃない。私は「斎」の一文字しか覚えていないのである。これは変だ。カメラアイならなんて便利な能力だったのに!歴史はいつも赤点の私はそう落胆していたが、次第にその「斎」は薄れて、1週間後にはすっかり眠れるようになった。
次にそれが起きたのは1ヶ月後のこと。次の文字は「y」であった。それはパソコン教室のURLが目に焼き付いたものである。前のと並べてこれ幸いと言いたげな二文字であったが、全く持って不幸である。寝ても覚めても寝ても覚めても寝ても覚めても寝ても覚めても錐体細胞はワイワイしている。怖くなって私は必死に訴えかけたが、その顔は完全に理解することを放棄していたことがワイ越しにも分かったので、とにかく黙ることにした。
そこからは雪崩のようだった。街で見かけるあらゆる文字のイメージが、脳の言語野と紐づいていくのである。そしてその文字の対応はあらゆる瞬間に立ち上がるのである。例えば私が「私」という文字を話したり読み上げたりするとき阿部野橋駅改札前の四谷学院の広告の明朝体の「私」を思い浮かべているし、「君」という文字を書いたり読んだりするときは心斎橋筋のパルコ横のシアタス心斎橋の広告のゴシック体の「君」を思い浮かべている。これは例外なく毎回毎回毎回毎回リンクするのである。
すると何が起きるか?答えは単純で、何も話せなくなる。理屈は簡単で、情報量が多すぎるのである。工学系の人にわかりやすく言うと、たった2バイトぽっちの文字にフルHDのTIFFがついてくるようなもので、メモリ不足に陥るのだ。辞書を通読した人にわかりやすく言うと、その後に人と会話しようとすると言葉の選択肢が溢れて何も選べなくなる感覚を思い出してほしい。そうして教育漢字のすべてがイメージを持つようになったころ、私の口はほとんど用無しになってしまった。
さあ、困った!ああ、終わった!てんやわんやと騒ぎ立てるインナーボイスを画像群が追いかける。国語の教科書は私にとって写真集にほかならない!どうすんだよ、これ。
ふと天啓が舞い降りる。そうだ、単純なことである。私のすでに十数年覚えてきた文字はすべて画像とリンクしてしまった。それじゃあそれをすべて放っておいて、一から別の方法で覚え直せばいいんだ。それも言語として覚えてはいけない。知識として覚えておく。「世界で二番目に高い山は?」「北岳。」のように、教養として覚え直せばいい。もっと具体的に言うと、その文字を図形として覚えて、jpg程度の容量に圧縮して覚えておけばいい。こんな単純な解決方法があった。そしてそれを行うのは数週間程度でできた。クロッキーに大量のレタリングを残して私は中国語の部屋を出られたのである。
冷静を取り戻した私はそうして普通の生活に戻った、かに思われた。もちろん私は表層的にはまともになった。一般的に使われる文字は読めるようになったし、単語の意味も解釈できる。何なら人よりもちょっと詳しいレベルにさえなっただろう。しかし、それは表層的な話である。
「ああ、まともに戻ってよかった!」
そう言うあなたの顔は文字に見えていた。
その理屈は容易に理解できるだろう。というのも私の脳には図形と音の対応が数千パターンインストールされたのである。そうなると、私の脳はその組み合わせを学習して、音から図形を引き出すことができたのだが、その逆として図形から音を読み出すこともできるようになってしまったのである。その図形の単純さ複雑さは問わない。とにかく図形はすべて音を持つのである。強烈な共感覚に等しい。例えば毎朝見かける寮長は音読み「サン」「ライ」訓読みで「とたま」という音に見える。ちなみに訓読みは「う」を送り仮名とする。
さらに面白いことに、いや私にとっては死活問題なのだがこれを聞いているあなたは半笑いになっているので多分面白いと思うのだけれど、この図形と音の対応は、その図形に対する知識や感情が大きければ大きいほどたくさんの音がリンクするようになるのである。それこそ私の母親にリンクした音は「タイ」「コウ」「オウ」「ルイ」「シン」「キン」「コン」「サン」であり訓読み「ふく」「けんと」「りか」「こうす」などと枚挙にいとまがない。なおこれらの読みは本名と一文字も被っていないことに注意してほしい。ちなみに訓読みは送り仮名がないものをピックしている。
こんな調子なので脳みそのメモリはショート寸前である。いや、一回ショートした。現代文の試験中、口の中に異物感があり、咳込んだら喉奥から、ソ、が出てきた。ありえない。
つまり、ここまで起きたことを整理しよう。第一に、私は文字を見ると、それがかつて見た風景として頭に浮かぶ。第二に、その風景を避けるため文字を図形として覚え直した結果、今度はあらゆる図形が文字として読めるようになった。第三に、読める文字には音があり、その音は対象について知れば知るほど増えていく。そして第四に、どうやらその音は頭の中だけに留まっていてくれるとは限らない。つまり私は、世界のあらゆるものを勝手に一字の漢字として認識し、勝手に音読みと訓読みを割り当て、そのうえ時折それを口から排字するようになったのである。ここまで来ると病気というよりプリンターの故障に近い。しかもインクジェットではない。活字がそのまま出てくるタイプだ。
ではここで最後の質問、いや、課題である。このままでは私は息も絶え絶えである。ではどうすればいいか?答えは単純である。脳のメモリを削減することは、不可能。なら、現実の方を消せばいい。
かくて問題は解決した。
- 作詞者
てみず
- 作曲者
てみず
- プロデューサー
てみず
- プログラミング
てみず

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