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『豪傑ジャパン』(約4000字)
——1分の中に詩を詰めた、地上と宇宙をつなぐ33の断章
音楽に「大作」や「完成度」を求める時代は、たしかにあった。
そして今、そういった価値基準から、まるで反対側にあるような作品が生まれてきている。
ナチョスの10枚目となるアルバム『豪傑ジャパン』は、全33曲。
合計で36分。1曲あたり1分ちょっと。しかも、タイトルを見る限りでは「おむすび」「犬派猫派」「悩んだら寝る」など、日常の中の“なんでもない”瞬間を切り取ったものばかり。文字だけ見れば、Twitterのタイムラインか、電車内の中吊り広告のコピーのようだ。
けれどこのアルバム、聴き始めると、すぐにわかる。「これはただのおふざけじゃない」と。
ひとつひとつの曲は短い。あっという間に終わる。でも、終わるその瞬間に、聴き手の中にポトンと“気づきの種”が落ちる。日常の光景や感情の端っこが、パッと切り取られ、ポイと投げられたような音楽。だけど、それがとても刺さる。というより、沁みる。
しかもその曲たちは、声とメッセージを中心に据えて作られている。
音は少ない。装飾も少ない。楽器も最小限。
それによって、聴き手の意識は否応なく「ことば」へ、「間」へ、「声の表情」へと引き寄せられる。これは明らかに意図的な構成であり、そうした制作的な潔さが、逆に言葉や発想の豊かさを際立たせている。
たとえば、「アドマス」という曲。
これは「アドバイス・マスターベーション」の略。
——つまり、聞かれてもいないアドバイスをして、自分だけがスッキリして満足してしまう人への皮肉だ。
この言葉だけでもすでに深く刺さる人がいるかもしれない。そしてそれを、わずか1分強の音楽に落とし込み、ユーモアと風刺のちょうど中間地点に着地させている。このバランス感覚が絶妙だ。
一方で、アルバムの最後の曲「応答せよ」は、まるで別次元からのメッセージのような感触がある。
これは宇宙に向けて発信された“地球人からのSOS”のようであり、また、逆に“宇宙人からのメッセージ”のようでもある。地上の小さなことをひたすら描いてきたこの作品が、最後にぐっと空に向かって開けていく。この構成は、まるで映画のクライマックスのような印象すらある。
『豪傑ジャパン』というタイトルも、最初は少しコミカルに聞こえる。だが、この33曲を聴き終えると、それがただのキャッチーな言葉ではなく、“この時代に生きるすべての人への敬意”として響いてくる。
ここでいう「豪傑」は、派手なヒーローのことではない。
悩んで、焦って、傷ついて、それでも今日も何かを食べ、誰かと話し、働き、休み、眠る。そんな日常の中で踏ん張っているすべての人のこと。
「昆布におんぶにだっこ」や「早く行こう」「ABCDEF」などの楽曲は、まるで子どもが描いた詩のような無邪気さをまといながら、むしろその無垢な言葉の中に、人間の本質を描いている。
このアルバムには“意味”があるのか? という問いが浮かぶかもしれない。
答えは「あるとも言えるし、ないとも言える」。
おそらくこの作品は、意味や正解を押しつけるものではなく、**「意味って、そこまで大事か?」**と問い返してくるような存在だ。
それでも、なぜか心に残る。ふとした時に、鼻歌のように出てくるフレーズがある。
そういう作品は、案外とても少ない。
そして、そういう音楽こそが、生活にしみ込んでいく。
ナチョスはこの作品で、「表現」や「音楽」の意味を問い直している。
伝えたいことがある。でも、それをあえて“隙間”にして届ける。
ダイレクトに言わず、ちょっと遠回しに、ちょっと笑いながら、それでいて本気で。
『豪傑ジャパン』は、笑えるけど泣ける。
なんでもないことを歌っているようで、いつの間にか人生の核心を突いてくる。
そして聴き終えたあと、「なんか、もうちょっとやっていこうかな」と思える。
音楽ができる魔法って、たぶんこういうことだ
東京出身、13歳よりドラムを始める。 メインバンド、サポートバンドをしながら今はソロでも活動している。現在拠点はインド。 戦士ナチョス、愛の戦士、そして光の戦士ナチョスになる。 2019年8月にソロ活動の光の戦士ナチョスとしてのアルバムを発売し、現在8枚発表中。 将来の目標はロケットを打ち上げて新技術を発見研究し地球を救う事。