リリース日: 2026/07/06
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guilt the lily「本音」は、言葉になる前に喉の奥で殺してしまった感情を描いた、雨の夜のような一曲。
本当は言いたいことがある。
けれど、あまりにも辛くて、意見も、声すらも出せない。
相手に向けた想いは確かにあるのに、それを綺麗な告白として差し出すことも、自分の中でなかったことにすることもできない。そんな曖昧で痛い感情が、この曲の中心にある。
タイトルの「本音」は、単純な「好き」や「悲しい」ではない。
むしろこの曲にある本音は、もっと矛盾している。君のことをもっと知りたい。君の瞳の奥にある火を知ってしまった。君の美しさに少しだけ救われた。でも、その美しさをまっすぐ受け入れるには、自分の心はもう疲れすぎている。世界は美しいとわかっているのに、その事実を受け入れられない。だからこそ苦しい。
雨、霧、声、火、化石、種。
歌詞に散りばめられたイメージは、主人公の心の状態そのものを映している。雨は終わらない憂鬱を、霧は届かない相手との距離を、声は言えなかった本音を、火はまだ消えていない小さな希望を表している。動けない自分を「化石」と呼びながらも、心の奥ではまだ何かを育てようとしている。その矛盾が、この曲の痛みであり、美しさでもある。
恋愛の曲でありながら、ただの恋愛ソングではない。
誰かを想うことで少しだけ力が出る一方で、その想いが自分をさらに苦しめてしまう。近づきたいのに近づけない。言いたいのに言えない。諦めたいのに、まだ知りたい。そんな感情のねじれを、メロディとラップの間を行き来しながら吐き出していく。
「本音」は、叫びではなく沈黙の曲。
大声でぶつける感情ではなく、雨音の中で誰にも聞こえないまま残ってしまった本当の声。消えそうで、でも完全には消えない小さな火。
その火を抱えたまま、今日も明日も rainy day の中で、もう戻らない誰かを探している。
guilt the lilyは、日本を拠点に活動するヒップホップアーティストであり、その名はアートにおける装飾過多の美学を示唆しながらも、彼自身の音楽は誠実で生々しい感情を宿している。14歳のときヒップホップという表現手法に出会い、15歳で音楽制作を本格的に開始。SoundCloudでの自主的な活動を通じて着実に注目を集め、わずか17歳で2023年にファーストアルバム『Marveric』をリリースし、メジャーデビューを果たした。このアルバムは、彼の音楽的才能の萌芽を示すとともに、既成概念を破る新たなアプローチでシーンに一石を投じた。 その翌年、彼はさらに深い内省と成熟を経て、2024年3月にセカンドアルバム『Watershed』を発表。この作品では3名のアーティストを客演に迎え、孤独、葛藤、そして再生といったテーマを、ジャンルを越えた多様なサウンドで描き出した。アルバムタイトルが示す「分岐点」の通り、この作品は彼にとってもリスナーにとっても新たな旅路の幕開けを象徴している。聴く者に深い共感を与えるリリックと、感情の機微を掬い取るようなメロディラインが融合し、彼の名前は日本のヒップホップシーンに確固たる足跡を残すものとなった。 そして2025年、Guilt the Lilyはその芸術性をさらに深化させ、3rdアルバム『Ashed Dove』をリリースする。このアルバムには9曲が収録され、平和の象徴である鳩が重い灰に覆われ、飛翔を阻まれるという象徴的なビジュアルコンセプトが全体を貫いている。灰は希望や自由の喪失、そして理想への渇望を示しながら、深い孤独と絶望を描く一方で、そこに潜むかすかな希望の光もまた鮮やかに浮かび上がらせる。この作品を通じて、Guilt the Lilyは人間の脆さと強さ、喪失と再生が交錯する感情の深淵に挑み、その美しさと儚さを鮮やかに描き出している。 彼の音楽は単なるエンターテインメントにとどまらず、人生や自己の本質に迫る文学的な詩篇として、多くのリスナーの心に深く刻まれる。彼の創作の旅路は、既存の枠組みを超え、リスナーに新たな視点と感動をもたらし続けている。Guilt the Lily――その名が響く未来は、きっとさらに鮮烈な光を放つだろう。