

風が冷たくなっただけで
街の色まで変わって見えた
薄いカーディガンの袖を
指先まで引っぱった
どこかの庭から
金木犀
今年もまた
この匂いだった
駅前の自販機で
あたたかい缶をひとつ買う
両手で包んでから気づいた
あなたの持ち方に似ていた
昔よく入った喫茶店
窓に白い紙が貼られてる
寂しいねって言いかけて
隣に誰もいないことを
少し遅れて思い出した
金木犀が香るたび
どうでもいいことを思い出す
好きと言われた夜よりも
コーヒーは苦いと笑った顔
赤信号の待ち時間
いつものように右へ寄る
青になっても一瞬だけ
隣を待ってしまった
公園の古いベンチ
赤い葉っぱが一枚
端に座ればいいのに
いつものように少しずれた
空いた隣を見て
小さく笑ってしまう
向かいの店には
冬のマフラー
去年あなたに貸した一本
そういえば戻ってこなかった
取りに行くほどでもなくて
捨てられたかも聞けなくて
缶コーヒーだけが
少しずつ冷めていった
金木犀の帰り道
あなたの顔はぼやけるのに
寒いねと言った声だけは
妙にはっきり残ってる
ベンチを立ったあと
少し歩いて振り返る
空けたままの隣には
赤い葉っぱが落ちていた
乾いた落ち葉を踏んだら
思ったより大きな音
靴の裏に一枚だけ
黄色い葉がついていた
しゃがんで取ろうとして
そのまま歩いた
次の角を曲がる頃には
もうなくなっていた
いつ落ちたのかは
わからなかった
金木犀が香っている
今夜の風は少し冷たい
駅前には知らない店
冬支度を始めた街
赤信号が青になって
人の波が動き出す
いつものように
右へ寄りかけて
途中で気づいた
今日はひとりで
真ん中を歩いた
家の近くまで来ると
金木犀はもう香らない
冷えきった缶を捨てて
ポケットに両手を入れる
玄関まであと少し
息をひとつ
夜空へ吐いた
まだ
白くはならなかった
振り返らずに
鍵を取り出した
Cover image for 金木犀の帰り道
金木犀の帰り道
- 作詞者
HITOKOE
- 作曲者
HITOKOE
- プロデューサー
HITOKOE
- ボーカル
HITOKOE

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金木犀の帰り道
HITOKOE
秋の帰り道。
冷たい風の中、金木犀の香りにふと足を止める。
あたたかい缶コーヒーの持ち方、ベンチで無意識に空けてしまう隣の席、赤信号でいつものように右へ寄る癖。
忘れたつもりだった人の記憶は、大きな出来事ではなく、そんな何気ない仕草の中に残っていました。
季節は変わり、街も少しずつ変わっていく。
それでも身体に残った癖だけは、すぐには消えてくれない。
けれどある夜、いつものように右へ寄りかけた彼女は、途中で気づき、ひとりで道の真ん中を歩きます。
『金木犀の帰り道』は、誰かを忘れる物語ではなく、日常に残った思い出が少しずつ自分から離れていく、その静かな変化を描いた秋の楽曲です。
金木犀の香り、冷めていく缶コーヒー、落ち葉の乾いた音。
まだ白い息には少し早い、秋の夜の切なさを感じてください。
アーティスト情報
HITOKOE
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