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「ねえ」とその夜、彼女が言った。「舞台に役者がひとりしかいないのに、完璧に群衆を演じられるのって、すごいと思わない?」
「...誰かの話?」
「ううん、別にただの話。音楽でもそういう瞬間って、あるでしょう?」
彼女は音大の同級生だった。専攻はピアノ。地球から遠く離れたオリオン星系の第7惑星から来たという。観光目的ではないし、侵略でもない。ただ、"少し息抜きがしたかっただけ"と言った。ちなみにその惑星にはコーヒーがないのだと言う。あと、ピアノも。
「この世界もね、実はひとつの粒子だけでできてるんだと思うの」
彼女は手際よくお湯を沸かしながら続けた。
「その粒子がすごい速さで動いて、いろんなものになってるみたいな。人になったり、鳥になったり、このスクリャービンの頭の付点8分になったり」
彼女の言葉は、いつもすこし音楽に似ていた。意味よりも響きが先に届く。
「だからこの世界は、一人芝居なの。たったひとつの粒子が、全てを演じてる」
僕は窓際の椅子に座って、夜の空気を深く吸い込んだ。遠くで小さく電車の音がしたけど、それはたぶん記憶の中の音だった。
「じゃあ、もしその粒子が止まっちゃったら?」
「うーん。世界は終わっちゃうかな。でもね、粒子は止まらないの」
「どうして?」
「止まったら、自分が本当は"ひとり"だったって気づいちゃうじゃない」
彼女はゆっくりドリップを終えると、僕のカップに静かにコーヒーを注いだ。
そして、自分のカップには触れなかった。
⸻それからまもなく、彼女はいなくなった。
ほんとうに静かに、そっとこの世界から姿を消した。
信じられないようで、でもどこかで「そうかもしれない」と思っている自分もいる。あの時の言葉たちが、種明かしのようだったから。
「この世界は一人芝居」
この言葉を、あれから何度も思い出す。
誰かのセリフのようで、でも、たしかに彼女自身のものだった気がする。
最近、古いレコードをかけていたら、途中で針が少しだけ跳ねた。
その一瞬の静けさが、彼女の間の取り方に似ていた。
今もたったひとつの粒子が、誰にも悟られない様にしっかりとこの世界を奏でているのかもしれない。どこにでもいて、同時にどこにもいない。
⸻世界はまだ終わっていない。粒子は今日も動き続ける。
多数のJAZZコンテストで優勝を重ね、近年国内外の様々なアーティストワークで活躍するトランペッター葛西レオを中心に2024年7月に結成。以来毎回チケット完売の大好評ライブ企画を開催。 今年約2000組のアーティストの中から”今後のエンターテインメント業界に新風を巻き起こし新たな芸術の世界を切り開くJAPAN VALUEの存在“として、宮本亞門らによって日比谷フェスティバル2025のNEXTアーティストに選ばれ、東京ミッドタウン日比谷にて昼夜ワンマン公演を行う。 '25全編オリジナル楽曲によるアルバム『WADO』リリース予定。ストレイトアヘッドなジャズの王道スピリッツを継承しつつ、現代的なアプローチと演奏力で熱い音魂を繰り広げる新進気鋭のJAZZクインテット