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「桐花」は、失われたものを取り戻すための歌ではない。
それはむしろ、もう戻れないと知った上で、それでも“今”を生きようとする意志の記録だ。
曲の舞台となる「桐花」は、Cigamaclaとkta trillが暮らす大学寮の名前であり、この楽曲は特別な出来事ではなく、六畳の部屋、天井の傷、何事もない一日といった生活の断片そのものから立ち上がっている。
前半で語られる「君」は、確かにもう隣にはいない。
それでもCigamaclaは、感情を消し去ることも、歌うことをやめることもできない。ここで描かれているのは、成就しなかった愛そのものよりも、“欲しがる愛”から抜け出そうともがく現在進行形の姿だ。
〈愛は星のようだ〉という一節は、
エーリッヒ・フロム『愛するということ』の思想と呼応する。
私たちは無意識のうちに、愛に「正しい形」を与えてしまう。
だが本来、星が無数の形をしているように、愛もまた、本来は一つではない。「桐花」は、愛されることへの渇望ではなく、愛するという決意へと視点を移そうとする分岐点を描いている。
kta trillのラップパートで語られる「戻れないあのステージ」は、
高校時代の合唱部という、もう二度と同じ形では立てない青春の象徴だ。輝いていた場所を否定も美化もせず、それが過去になったことを静かに受け入れるその視線は、この曲全体に「今を生きる」という重心を与えている。
「Lone Wolf」という言葉が示すのは、孤独の悲嘆ではない。
典型的な道を選べない自分を否定するのではなく、
それでも自分なりの生き方と愛の形を引き受けていく覚悟だ。
愛は成就していない。青春も戻らない。それでも、生活は続き、今日には意味がある。「桐花」は、何かを手に入れた瞬間の歌ではなく、価値観が静かに切り替わった瞬間を刻んだ分岐点の楽曲である。